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アクマテキ  作者: なん
四章
21/34

だってこんなにも

 動けねー。


 伊達寺は率直に思った。

 今いるのは先刻の厳かな部屋である。

 滅多に人が入らないし厳重だから監禁部屋に選ばれたのだろう。

 伊達寺は椅子に縛り付けられていた。

 余程強固な縄なのか身じろぎするだけで痛みが襲ってくる。

 はっきり言ってキモすぎである。


 頭では田擦のことで頭が一杯だが動けない。

 身体も感情も動かない。

 冷めているわけではない。

 先輩を助けたい気持ちはある。

 だが行動に感情が伴わない。

 夏休みの宿題をしなければないのにやる気が出ない感じだろうか。


 しらねーけど。


 伊達寺は無抵抗で拘束されたわけでない。

 行く手を塞いできた若い男を蹴散らして退室しようとした。

 一瞬の交錯だった。

 腕を掴まれ引き倒された。

 伊達寺は対異形のプロではあるが対人間のプロではない。

 相手は明らかに対人戦に慣れていた。

 あの渋い上司共々汚いことを重ねてきたのだろう。

 あれは汚れが染み付いてるタイプの人間だ。

 垢まみれで関われたものではない。


 ともかく一刻も早く脱出し先輩を助けたい所だ。

 あの人と一緒にデーモンと戦いたい

 その方が戦いやすい。

 効率が良い。

 冷静な脳みそを熱が出るほど回転させ脱出方法を画策する。

 全てはデーモンを殺す為に。



「俺は言われてやっただけだ……いや、ほほんとはお俺の意思だ。でもこんなことまでするつもりじゃなかった。ただ欲しかったんだ。ただ綺麗だったんだ。悪いのかよ誰が責められる?勝手にお前らの正しさを振り回すなよ。お前の正しさがある様に俺にも正しいがあるんだ。理解しなくても良いさ。俺もお前を理解しない。したくないね。世の中じゃお前らが正しいかもしれない。でも俺は俺の正しいを守りたい。

 だって、

 だって、

 だって、

 だってこんなにも綺麗なんだから。」


「〜〜〜〜〜〜〜〜」


 ノイズが耳に入り意識が徐々に浮上する。

 痛みが頭を突き抜け熱を帯びていく。

 ガンガンと疼く頭痛に耐えながら瞬きを繰り返す。

 瞼を往復させる度に視界が鮮明になっていく。


 薄暗く狭い部屋だ。

 美容室にある様な可動式の椅子に縛り付けられて動けない。

 目の前には鏡と洗面台。

 髪を切りにきたと錯覚してしまいそうになる。

 それ程までに見慣れた光景が広がっていた。

 髪を切るだけで済む筈は無いのだが。

 鏡には独り言を羅列する田代が歩き回っていた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 少し距離がある所為か正確には聞き取れない。

 伝わってくる空気の振動はジメジメとしていてこの部屋の雰囲気同様気持ちの良いものでは無かった。


 田代の様子はいつものくたびれた感じではなくひどく疲弊した感じだ。

 疲れや焦りや苛立ちがグチャまぜになりしきりに壁を触っている。

 よく見ると壁を触っているわけではないと気付いた。

 壁一面に垂れるそれを見て背筋が凍る。

 身体中に虫が這っている様な気持ち悪さを覚えた。


 壁一面に垂れているそれは長さが違う女性の髪だった。

 鏡の中の男はその中の一つをしきりに触っている。

 寒気が全身を包む。悪寒と悪感が込み上げる。

 吐き気を堪えつつ現状を整理しようとする。

 田代に鈍器で殴られて意識を失った。その後にここに連れてこられたのか。田代一人で私を運んだのだろうか。いや誰か協力者がいるのか。運ぶのもそうだが病院で人を抱えていては不審がられてしまうだろうから協力者がいてもおかしくない。


 妙に冴えている頭を稼働させる。

 そもそもこの髪の量、短期間で入手できる量じゃない筈。

 常習的にこんなことをしているのに機関に情報がなかった。

 底知れない悪意に身体が沈んでいくような感覚を覚えた。

 強い視線を感じたのか田代がこちらに近寄ってくる。

 その目は執念に満ち欲望が渦巻いていた。


「気が付いたんですね。いやあ心配しましたよ。頑丈にできてるって

 聞いてたんでいっぱい叩いちゃったんですけど死んじゃったらどうしようと思って。鮮度ってやっぱ大事じゃないですか」


 はは、と笑う田代の顔は狂気に染め上げられている。

 息を吐く度暗黒が漏れる。

 今まで抑え込んでいたものが溢れ出しているのだろう。

 手先から眼球までが痙攣している。

 薄暗い不気味な部屋と相まってホラー映画のワンシーンの様だ。


「気になりますよね?それはそうですよね。こんなに髪があったらびっくりしちゃいますよね。いやあ趣味見たいなものですよ。誰にでも好きな物ってあるじゃないですかあ。ぼくは髪がすきなんですよ。女性の。僕にとって神様みたいなもので。唯一信じられる美しさっていうか。勿論美しいだけじゃないんですけど」


 笑みを張り付けながらなにやらごそごそとしている。

 田擦からは死角で見えない。

 興奮気味に取り出したそれは鋏だった。

  仕事中に使用している物だろうか。

 潤いを感じるほどの光沢からよく手入れされた物だと感じる。同時に使用者の念も感じた。

 田代の職業は美容師で髪に執着している。

 これから行われるであろうことは容易に想像出来た。


「ボクは髪が好きなんですけどそれだけじゃなくて。死んだ直後の髪が好きなんですよ。生きてる人の髪も好きなんですけど、殺した直後の髪はボクのモノって感じがして」


 少し恥ずかしそうにそれでも嬉しそうに話す彼の言葉を頭では理解出来る。だが心では理解できない。

 募った拒絶の感情が今にも溢れ出しそうになる。

 だが今の彼を刺激するのは良くない。

 感情を呑み込み現状打開の機会を探る。

 そう思っていた。


「あの人の髪は良かったなあ。すごく綺麗だった。でもその夫が通報しちゃったんで男の方も殺しちゃったんだよな。男を殺したのは初めてだったんですよ。しかもデーモンの通報ってことにして血の匂いも芳香剤で誤魔化して。通報から直ぐに来るんでビックリしましたよ。でもその人達僕のこと見逃してくれて。何日後にまた通報して調査に来る女を殺せって云うんですよ。まあ見逃してもらったんで仕方なく従ってたん~~~~~~~~~~~~~~~」


 何を言っているんだこの男は。

 殺したのか?実の両親を?

 旅行に行っていたのは嘘ということか?

 それより通報を受けた放逐官が殺人を見逃しただと?

 いやそれより私を殺せと命令を受けた?その放逐管から?いや機関からか?

 疑問が押し寄せ思考がまとまらない。


「はーはーはーはーはーはーはーはー」


 呼吸が荒くなりくらくらする。


「はーはーはーはーはーはーはーはー」


 なんで?なんでころした?なんで殺人を見逃した?なんで私を殺せと命令した?なんで?なんで?なんで?


 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。


 なんで私はまた縛られているんだ。


 幼い頃の記憶がフラッシュバックする。

 糸が切れた様に思考が停止した。

 意図が切れた様に力が入らない。

 ダメだったんだ。結局無理だったんだ。人殺しの私が人を助けようだなんて可笑しな話だったんだ。


 もうどうでもいい。

 機関の人間が私を殺すよう仕向けた。

 目の前の人間が私を殺そうとしている。

 その事実だけでもういい。

 諦めるには十分だ。

 私は命に価値は無い。

 ゆっくりと迫る凶器は無機質に光を跳ね返していた。

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