避けられない悪意
田擦は魔的対策機関本部の近くにある病院に訪れていた。
その病院は多くの放逐官の命を救ってきた。
田擦も何度か世話になったことがある。
身体が化け物になっていても一つの命として対応してくれる。
陰では色々と言われているだろうが。
何にせよ田擦はとある目的の為この病院を訪れた。
治療や観察に来たわけではない。
目的は自身のことではなく他者のこと。面会をしに来たのだ。
精神的に不安定ということで個室に移されたその人の部屋へ向かう。
靴が地面を断続的に叩く。
その人の事を色々調べたがどうも不可解なことが多い。
相手が精神的に不安定であっても得られることはあるはずだ。
人助けを使命にしている田擦は普段ならばこんな事はしない。相手が落ち着いてから調査を行うのだが今回は緊急性が高いと判断した。
どろどろとした違和感が田擦を焦らせている。
目的の部屋に辿り着き間髪入れずノックして扉を開く。
ノックへの返事と扉を開くのはたほぼ同時だった。
「急に申し訳ありません。至急お尋ねしたい事がありまして」
相手はくたびれた様子でベッドに横になっていた。
こちらを向き疲れたように返事をする。
田代古河。
デーモン出現という嘘の通報をした男。
その家には所々に芳香剤が置いてあった。
伊達寺の放逐したへデーモンは田代の家から出てきた。
田擦が放逐した巨大なデーモンもその家から。
何かがおかしい。
決定的な何かは田擦の中には無い。
確かな違和感だけが胸に渦を巻く。
「田代さん。私色々調べたんです。あなたはご両親と三人暮らし。職業は美容師。それは間違いない。でもあの日デーモンが現れたというのは嘘ですね?機関には様々な情報が入ってきます。デーモンの出現情報なんかも。」
デーモン関連の情報はもちろんだが人間の情報も機関は保有している。
日本国民の情報を秘密裏に保有しているのだ。
デーモン調査には様々な情報が必要となるから。
「いえ、何のことか……」
田代は怯える子供の様に細々と返した。
生来の話し方が怯えた感じなのだろうが今の返し方は明らかな動揺である。
「話して頂けますね?どうして嘘をついたのか」
念押しをする様に目を見て訴えかける。
この違和感を解く為には田代の口から真実を聞く必要がある。
なぜ嘘の通報をしたのか。
分からない。
この世は分からないことだらけだ。
人の気持ちなんてその最たるものではなかろうか。
どれだけ推察しようとも人の気持ちなどその人にしか分からないのだから。
「────────」
微かに聞こえる音の振動。
田代の口から声にならない声が紡がれる。
聞き取ろうと接近する田擦は相手の方向に耳を傾けて
ごっ。
こめかみのあたりに重い衝撃を感じた。
同時に鈍い痛みが襲う。
脳が揺れて視界が明滅する。
ちかちかぐわんぐわん。
痛みに頭が支配される。
何とか踏ん張って思考を切り替えるのと同時に第二の衝撃。
ごっ。
今度は後頭部だ。
痛い。痛い。痛い。
暗い部屋で電気をつけた時の様に視界が霞む。
さらに頭が痛みに支配される。
朧げな田代に抵抗する為手を延ばす。
ごっ。
虚しく三撃目。
景色が何も見えないほど朧げになり痛みさえも曖昧になっていく。
体に力が入らない。
ああ、しぬんだ。
ただその言葉が頭に浮かんだ。
ひとをたすけられないまましぬんだ。
悔しかった。
悲しかった。
無力な自分が惨めで仕方ない。
暴虐の限りを尽くされておきながら田代を責める感情は浮かばなかった。
微睡む意識の中。
ただ。
目の前の人間も何かの被害者なのだろうと思っただけだった。
ごっごっごっごっ
ごっごっごっ
ごっ ごっごっ




