うるさいおばさんっているよね
刹魔の技術を人間にも。
そういった構想だったとおもう。
刹魔は素材の一割にデーモンの肉体を用いる。
素材の一割程度に抑えなければ刹魔の扱いが難しくなってしまう。
刹魔の機能は十分だった。
不十分なのは人間の方だった。
刹魔を扱う人間の強さが足りない。
デーモンの攻撃に耐え刹魔を使いこなす肉体が放逐官に必要だった。
強い身体に強い武器が揃えばデーモンに対抗出来る。
鬼に金棒を実現しようとした研究者達はとある少女を実験台にした。
身寄りのないただの少女はデーモンの血に適応できる特異な体質だった。
デーモンの血を注入し爪や牙を移植した。
結果。
少女は暴走し研究者を皆殺しにした。
残ったのは未完成の身体。
全身を武器に変えるデーモンの特性を移植したため研究者たちでは歯が立たなかった。
結果少女は力を封じ込めてしまった。
過去のトラウマが枷に成っている。
陀付の放逐の際に彼女が力を使えば皆救えたかも知れない。
だが使えなかった。
暴走の恐怖が思考を鈍らせた。
その間に皆死んだ。
刹魔の技術を人間にも。
その構想は唯の妄想であり幻想だった。
再び目覚めた少女は重苦しい拘束具に身を包みただ静かに泣いていた。
殺した分人を助けなきゃ。いや、殺した人以外にも悲しんだ人はいたのだからもっと人を助けなきゃ。
人を助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。
本当に助けるべきは自分自身であるはずなのに。
少女はひたすら他者を助けることを願った。
魔的対策機関はこの少女を利用可能と判断し厳重な監視とルールを設けた。
首に付いたチョーカーは服従の証であり暴走した場合に彼女の首を吹き飛ばす役割を持つ。
もしチョーカーが故障したりデーモンの放逐を行えなくなった場合放逐官の資格を剥奪し機関は全力で彼女を処分しようとするだろう。
そんな過酷な環境であっても彼女は人を助けなければと思う。
幼い日の過ちを償う為。
今度こそ救う。
それが田擦日田向。
通称、魔飼い物。
「お、魔飼い物じゃん」
「ほんとだおっかねえー」
「でもまたデーモンを放逐したらしいぞ」
「しかもでかい第三種級を一人で」
「アイツ第四種放逐官だよな?すごくね」
「しかも一発で」
「つえーしゃん、しかも顔も可愛い」
「いい体してるしな」
「お前バケモンがタイプなの?w」
雑踏の中で人より敏感な聴覚が様々な音を捉える。
もう慣れたものだ。
聞き覚えのある感情たち。
嫉妬不安羨望恐怖排斥。
慣れたからといって何も感じないわけじゃない。私はただ──。
「先輩、食堂いきましょや」
「なんだその言葉」
不機嫌に返しつつ少しほっとする。
こいつとの会話は気が抜ける。
デーモンを放逐した伊達寺と田擦は報告と刹魔の修理の為魔的対策機関本部に来ていた。
周囲の建物から頭ひとつ抜けた高さと大きさをもつその建物はこの街のシンボルだ。
はるか昔からデーモンに対抗してきた組織。
その組織の総本山はデーモンとの対立を示す為漆黒に染められている。
通称黒塔──こくとう──。
何の変哲もない内装は外部の人が緊張しない為だとか。
建物自体はそこら辺の物と比べ物にならないくらい堅牢だが。
外部の人間が利用しやすいよう1Fに設けられた食堂はいつも通り賑わっていた。
端の方にあるラーメンコーナーの方へ向かう。
すれ違う放逐官達が奇異の目を向けてくる。
気にせず進みラーメンコーナーの注文受付をしているおばちゃんに声をかけた。
「すみません、特製ラーメン二つ」
新聞を読んでいたおばちゃんは読むのを邪魔されて不機嫌になりながら客の顔を見て顔色を変えた。
「あんらぁーひたむちゃんじゃないのー。後ろにいる男前はそぐわちゃんねぇー。特製ラーメン?いつもありがとねぇ。おいゴラ特製ふたつうう!ね、知ってる?俳優の金城鍵人──きんじょう かぎひと──失踪したらしいの。あたしファンだったのにーーもしかして見つけたら結婚出来たりするかしら。ゴハハハハハハハハハハ!最近肩凝りが酷くてねぇまた揉んでくれる?そぐわちゃん今変な想像したでしょホントやらしい。男の子ってみんなそうよ、困っちゃうよねひたむちゃん気を付けなねー。うちの旦那も最近手に入れたスマホでえろいのばっか観てんのよぶち殺したろかってね。まぁほんとに殺したら犯罪なんだけどゴハハハハハ!え?ラーメン出来た?ちょっと待って今二人と話してるから。二人は好きな人とか出来たの?何かあったら相談に乗るから。私も昔はそれはもうモッテモテだったんだから今はこんなんだけど。モテモテでバチコリやってたんだから♡それはそうと宇宙食って美味しいのかしら今度買ってみようかなってどう思う?え、ラーメン出来てんじゃんおい出来たなら云えやゴラァ!え?云った?いやいや聞いてないっつのおふたりさんこいつ出来たって云った?」
この獣じみた笑い方をするお喋りな女性は奥地減羅子──おくち へらこ──。
魔的対策機関食堂のラーメンコーナーを夫婦で担当しており今あるコーナーの中で一番歴が長いらしい。
技術と経験に裏打ちされた確かな味。
味は超美味しいの利用者が少ないのは注文を聞く女性が厳つすぎるせいかも知れない。
魔的対策機関食堂は利用者が多く忙しすぎる為長く続ける店は珍しい。
そんな中夫婦で切り盛りできているのは彼らの才能故か客が少ない故か。
何にせよ田擦はこの店がお気に入りで定期的に利用している。
放逐官たちと違い自分を一人の人として接してくれるからだ。
伊達寺もこの店の味を気に入り利用する時は一緒に来るようにしている。
「へらこさん、今日も可愛いっすねーかわいくてうっさいっすねー」
にこにこと毒を吐く伊達寺に
「ありがと。そぐわちゃんも相変わらず元気そうねよかったわ」
奥地もにこにこと返す。
奥地は伊達寺を気に入っているからか何を言っても怒らない。
「ひたむちゃんも元気そうでよかったわいっぱい食べるのよ。よかっなら娘になってくれてもいいし」
会う度に娘にしたがる奥地の提案を丁重にお断りしつつラーメンを受け取る。
笑顔を絶やさない奥地に礼を云い二人は席に着いた。
そのラーメンは食欲をこれでもかと誘う。
まあ少し冷めてはいたのだが。
日本人共通の挨拶をして食べ始める。
髪を耳に掛けながら麺を吐息で冷ましていく。
艶やかな唇で麺を挟み丁寧に啜る。
旨みと幸福感が同時に押し寄せ思わず笑みが溢れる。
一連の動作を凝視していた伊達寺は唯一言。
「いや、かわい」
「うるさいよ」
困りつつも即答した。
「まったくそう冗談ばっか言ってっと人からの信用失うぞ」
困った顔のままそう告げる。
本当に伊達寺のことを慮っているのだ。
真剣な瞳で訴えてみる。
んー、と悩む表情をしてみた後に
「でも先輩だけは俺のこと信用してくれますよね?じゃあいーです」
そんなことをサラッと云うので少し動揺してしまう。
「またそんなこと言ってよお」
ジト目になる田擦に右手を伸ばす伊達寺。
急な行動にまた動揺してしまう。
抗議の声を発する前に頬に付いた何かを口に運んだ。
そのまま麺をズルズルと啜る。
「な?え?付いてたんならそう云えよ」
なんかで見たことのあるやつを実際にやられて困惑してしまう。
つーか動作が速すぎて何が付いてたか分かんなかったんだが?
不意打ちを受けてオロオロしている田擦に向かって伊達寺は「顔赤いですよ」と唯一言。
すっかり恥ずかしくなってしまった田擦は頬を赤く染めて一心不乱に食事をする。
ものの数秒でスープも飲み干して奥地の元へ食器を返しに行ってしまった。
一人残った伊達寺はマイペースに食事をする。
「まったく冗談ばっか言ってっとうんたらかんたら」
頭の中で田擦の言葉が反芻する。
「別に冗談ばっかじゃないんだけど」
奥地と話している田擦を見て独りごちた。
この感情が何なのか、何という名前が付くのか伊達寺は分からない。
もしかしたら好意と呼ばれるものがこの感情なのか。
俺が好意ねぇ。
自嘲気味な笑みが溢れる。
そんな人間ぽい感情を俺が抱くなんて。
伊達寺の顔はなんだか哀しそうに見えた。
最後の一口を飲み干して伊達寺も奥地の元へ向かう。
喉を通るスープはなんだかひどく冷たかった。




