滑り断つ
太陽が真上に鎮座し燦々と照る。
昼食を二人で済ませた伊達寺と田擦は再び調査対象の家へと向かう。
機関のデータバンクから幾つか情報を貰い二人で共有した。
田代古河三十六歳。
職業 美容師。
職場 自身が経営する美容室──Reo──。
父、母と三人で暮らす──。
様々な情報を機関は持っている。
田代の情報も調べたが特に引っかかる所もない。
しかしデーモンが田代の自宅周辺で出現したか調べた結果ここ数年デーモンは出現していなかった。
つまり田擦が聞いた田代とデーモンとの接触劇は全て嘘だったことになる。
何かある、確実に。
田代はもう唯の調査対象では無くなった。
違和感が心の中を蠢く。
どんな理由があれ嘘をついたのだからこちらにはそれを暴く義務がある。
田代の家を視界に収めた二人は真っ直ぐそこへと歩を進める。
疑念、理由、真実、憤怒、それらを離さず抱えて前に進む。
田代 古河、一体何を隠してんだ?
視界を覆う調査対象の家。
田擦は頭の後ろで手を組んでいる伊達寺と一瞬目を合わせた。
息を吐きインターホンへと指を延ばす。
刹那田擦は超後方、水平にぶっ飛んだ。
全身が戦闘だ!と叫びをあげる。
確かに視た。白い棒状の何かが田擦に激突し、そのまま超速で通過した。
いくつかの家屋を貫きながら田擦は数百メートル吹き飛んだ。
無事かどうか心配する暇もなく伊達寺は後方に飛び退いた。
玄関のドアを撒き散らしながらそれは姿を現す。
全身白色の不気味な造形をした怪物。
デーモン。
「こんなとこにもいるんだな」
流れる所作でスーツの胸ポケットへと手を差し込み其れを取り出した。
それは遥か昔デーモン出現から間もなく開発された放逐官専用の武器。
ライターほどの大きさだが起動させることにより膨張し形をとる。
血液に反応し機能を拡張する。
使用者に合った形で開発される。
全体の約一割程度ではあるがデーモンの爪牙や血肉を用いた対デーモンにおいて最も効果を発揮する兵器、刹魔。
デーモンは片仮名のヨのような顔面をこちらに向けた。
起動のスイッチを押し込んだ伊達寺は一人言葉を漏らす。
「おいおいまじかー」
デーモンの細い右腕がこちらに向いている。
目の前のデーモンに左腕は無く、右腕が二本ある。
そのうちの一本は短く、もう一本は長い。
田擦を突き飛ばしたのと同じ腕。
数メートル伸びていたその腕が一瞬間に縮みこちらを向いていた。
目で追えるギリギリの速度だ。
伸縮速度がいくら何でも早すぎる。
超速で発射された白腕が空気を貫き迫る。
辛うじて膨張した刹魔が白腕と伊達寺を隔て、生身への直撃を免れた。
重撃が腕にのしかかり全身が悲鳴をあげる。
死に物狂いで起動を逸らすが衝撃で吹き飛ぶ。
白腕の伸縮速度は尋常ではない。
油断が死に繋がる。
無理矢理体勢を立て直し眼球に神経を集中させ、そして違和感。
ん?なんか。
視線を落として違和感を確信に変える。
膨張途中にデーモンの攻撃を受け止めた優秀な刹魔は膨張したままの未完成な姿で沈黙していた。
デーモンの腕は縮みこちらを向いている。
汗が一滴落ち、伊達寺は純粋な疑問を口にした。
「あーーーーーーー、死んだ?」
+++
「死なねーなぁ」
うんざりとした気分を隠す気もなく白髪の少年は項垂れた。
「才人──さいと──!」
上司の呼び声に瞬時に反応し、隕石の如く降るデーモンの拳を避ける。
巨大なデーモンの腕は地面を穿ち土煙を巻き上げる。
デーモンの皮膚から鮮血が飛び砕けた地面を汚した。
「チッ全然斬れね」
両手に提げた二刀の刹魔を流し見て天上才人──あまがみ さいと──は舌を打つ。
「才人!一土──かづち──!足頼む!」
一土と呼ばれた少女は返事をし橙色の髪を靡かせ疾駆する。
この班のリーダーである地場の言葉を受けて天上才人と獣辺一土──けもべ かづち──は入道雲のようなデーモンの両足へと向かう。
両名は蜘蛛の如く高速で駆け、足を襲撃する。
天上は自慢の刹魔を振り抜き足を両断。
獣辺は必死に刹魔を振り抜き足を片断。
デーモンはバランスを崩し土砂崩れの様に片膝を着く。
デーモンに接近した地場が靴底でブレーキをしつつ自身の刹魔を起動する。
デーモンは放逐官と同じ階級で分けられる。
地場が魔的対策機関に就職したての頃に対峙したとある第二種級デーモン。
通常第二種級デーモンには第二種放逐官が放逐するが当時第四種放逐官であった地場がそのデーモンを放逐した。
当時の放逐官達は奇跡を目の当たりにした信徒のように湧き上がった。
あれから使い続けてきた刹魔。
地場の力を象徴する、それを起動した。
ドッ!と一気に白色の塊が溢れ、うねりながら一瞬で地場の肢体を包む。
生物的なデザインと関節部に歯車のような装飾。
デーモンが腕を振りかぶり視界を覆う巨拳が迫る。
「最近でかいデーモンとよく会うな」
死と恐怖の塊を全身に受けながら地場も拳を構えた。
地場の覚悟に呼応するように関節部の歯車が回転する。
大地が震え大気が嘶く。
握った拳をさらに握りしめ歯を食いしばる。
思うは仲間。
思うは友人。
思うは家族。
思うは恋人。
命を賭ける度思い出す。
自分は多くに支えられているのだと。
そしてこの瞬間が。
「此処が正念場ってことだなああ!!」
喉が焼けるほど咆哮する。
刹那。
強大な力が激突した。
+++
じゅっ。
デーモンの槍のような腕が耳を抉る。
激しい痛みが耳を襲うが意に介さない。
その暇もない。
攻撃のタイミングを読み、狙いを読み、眼で捉えて避けても完全に避け切ることは叶わない。
超速で迫る腕が皮膚を抉る。貫く。痛む。
最小限の動きで攻撃を避け、いなすがこのままではバテて死ぬのがオチだ。
壊れた刹魔でデーモンの伸縮腕の軌道をそらす。
目前で火花が散った。
「おっけいける」
遥か後方に伸びたデーモンの腕を見詰め伊達寺はひとつ確信した。
そしてデーモンを目前にしながら伊達寺は刹魔を後ろにぶん投げた。
そしてデーモンに背を向け全力でダッシュした。
相手が人間ならば唖然とする行動だ。
自ら武器を捨てて背を向けるなど自殺行為だからだ。
だが伊達寺は自らを殺すつもりは無い。
明確にデーモンを殺すつもりでいる。
知性があるかないか、デーモンはこの隙を見逃さない。
隙だらけの人間へ腕を発射した。
デーモンの腕は伊達寺の背を貫──かずに空を切った。
伊達寺が地を蹴って跳躍したからだ。
そのまま身を捻り地面を転がる。
傍をデーモンの腕が通過する。
勢いを殺さずまた駆ける。
デーモンは伊達寺を貫かんと執拗に腕を伸ばす。
突如伊達寺は身を翻しデーモンを正面から見た。
つま先でブレーキをしつつ真っ直ぐデーモンを見詰める。
地面に靴の摩擦跡が残った。
そしてデーモンの腕が眉間に迫り。
目と鼻の先、直撃の寸前で静止した。
投げ上げた刹魔が手元に戻る。
「フーーー」
肺にある空気をゆっくり吐き出す。
同時に全身の緊張を緩めた。
もうデーモンの腕が伊達寺を捉えることは無い。
伊達寺は見ていた。デーモンの腕がどこまで伸びているのかを。
何度も攻撃を受けて確信を得た。
デーモンの腕は二十メートル以上伸びない。
今立っているここが二十メートルギリギリのラインだった。目印はデーモンが壊したドアの破片だ。
デーモンは腕を戻し探し物をするように辺りを徘徊しだす。
それを見て伊達寺はどっか、と腰を下ろす。
あの個体はデーモンの中でも特殊だ。
一定の範囲に入らなければ襲ってこない。そういうタイプは昔何度か戦ったことがある。そういう個体は範囲内の戦闘力が超高い。
「うぁ〜~~~~~~~。社会人きちぃ~~~~~~」
疲れを押し出すように呟く。
「ほんと仕事って大変だよな」
項垂れながら頭を搔く。
脳によぎるのは遥か後方に居るはずの先輩の安否。
助けに行けばきっと叱られるだろう事が予想された。
「私なんか助けず放逐を優先しろ」と。
「しんどいけどやるかー」
弱音を吐きつつもデーモンを殺すプランを組み立てる。
そういや放逐って云うんだったな。
そんなことを思いながら故障した刹魔を握り締める。
緩やかに立ち上がり獲物を見据える。
プランは整った。
あとは実行するのみだ。
シマウマを追う獅子のように伊達寺は地を蹴った。
ここからはスピード勝負。
射程距離圏内に足を踏み入れた刹那にデーモンの腕が弾丸の如く飛んでくる。
デーモンの腕は伊達寺の掌を貫き裂いた。
やっぱり。
腕の射程距離である二十メートル圏内に手だけ侵入した。
デーモンが侵入した瞬間に攻撃すると予想しての行動だ。
結果デーモンは急所を狙わず手を狙った。
貫かれた掌からは血が噴き出しアスファルトの地面を赤く染める。
デーモンは今度は急所を貫かんと腕を戻した。
全力で距離を縮めた伊達寺は痛む掌を振るった。
血液が宙を舞う。
その血液は正に腕を発射しようとしているデーモンの眼球に張り付く。
レーザーのごとく発射された腕は軌道を変え急所を掠めるに留まった。
掠った脇腹から血が零れるが痛みを無視し更に距離を詰める。
片仮名のヨのような顔を赤く染めたデーモンは眼球が血に覆われて対象を捕捉出来ず、壊れたように腕を発射し続ける。
その腕は地面を貫き家屋を裂き射程距離全てを蹂躙する。
狙いが乱雑な分伊達寺の急所に当たる確率も下がる。
だが乱雑だからこそどこをどう狙って来るか読み辛い。
ましてや伊達寺の刹魔は壊れているのだ。
危機的状況は以前変わらない。
しかし。
ここで筋肉の話をしよう。
筋肉は弛緩するほど緊張の質が上がる。
力を入れる前は力を抜いておいた方が良いのだ。
スポーツ等でも力んでいては十分なパフォーマンスが出来ない。
電化製品でも充電が切れた後再度電源を入れると少しの間稼働することがある。
刹魔はデーモンを一部素材にしており一つの生物とも装置とも云える。
故障とは弛緩であり再起動とは緊張である。
壊れた刹魔も再起動すればほんの一瞬稼働する。
そして刹魔は血液を使用することで機能を拡張できる。
『血発』だ。
伊達寺は斬る直前に機能拡張+再起動を行うことで刃が殺傷力を取り戻しデーモンを殺せると確信したのだ。
云うが易し。
理論上可能と云うだけで到底実現出来るものでは無かったが。
ともかくデーモンの懐まで迫った伊達寺。
穿たれた手で刹魔を握り込み血を含ませる。
ギチギチと蠢く刹魔を構えデーモンの首筋へ今。
正にその刹那。
何の因果か偶然にもデーモンの腕は刹魔の方向に向いていた。
今自身の命を奪い取ろうとしているその刹魔に。
生存本能?野生の勘?
重要なのは理由でなく事実。
目が見えないにも関わらず刹魔を弾こうとしている。
今この瞬間放逐官の持つ刹魔を弾かんと腕は発射された。
疲労も堪り不意を突かれ、ましてこの至近距離。
刹魔を弾かれれば伊達寺の攻撃手段は消滅し敗北が確定する。
刹魔にデーモンの決死の腕が迫り刹魔は弾き飛ばされ────なかった。
空を貫いた腕は地面を削っている。
刹魔がひとりでに避けたとか伊達寺が移動したとかでは無い。
ただ、ライターほどの大きさに戻っただけだ。
起動する前の大きさに。
不意打ち、しかも至近距離で放たれた決死の一撃は本来であれば刹魔を弾いていた。
ただこの土壇場であるいは正念場で伊達寺は限界を超えた反応を見せ、刹魔の起動状態をOFFにした。
今までギリギリで凌いできたデーモンの攻撃を。
反応することすら困難であったその攻撃を。
今この瞬間至近距離で完璧に反応して見せたのだ。
その反応速度は明らかに伊達寺の既存の域を超えている。
土壇場での反応速度の上昇。
高速反応を超えた反応。
超反応。
何故そんなことが出来たのか。
重要なのは理由でなく事実。
爛々と光るその目は敵の首筋を見詰めている。
ライターほどの大きさの刹魔を思い切り握り締め、首筋に当たる直前に起動する。
「血発」
機能拡張+再起動により一瞬間だけ赤い刃を形成した刹魔。
それはデーモンの皮膚を易々と破り裂き。
デーモンの首をゼリーのように滑り断った。




