だってこんなにも
ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ。
やることが全くない伊達寺は取り敢えず拉麺を啜っていた。
調査対象の家の近くにほっそりと建っている拉麺屋。
店内も決して広くは無い、所謂老舗というやつか。よく知らないが。
肝心のラーメンはというと、あっさりとした醤油ベースの出汁に麺が良く絡む。
葱、メンマ、焼豚、シンプルなトッピング。
質素、だからこその究極的美味さ。
出汁を飲み干して満足感と共に息を吐く。
拉麺を食す行為は幸せの体現ということか。勉強になるなあ。
ボサボサの頭髪を揺らしながら頷いていると出入りの合図、鈴が鳴り四人の男女が入店してきた。
その中の一人の漢が伊達寺に歩み寄り手を振り上げた。
伊達寺は水を飲んでいる、反応はしない。
大きな手が振り下ろされ伊達寺の肩を優しく包んだ。
「お疲れ!伊達寺、ちゃんと飯食ってっか?」
包むような優しさを帯びた大声に
「うむむんんむ」
「水飲んだまま喋るなよ……何時も通りってか?」
伊達寺は飲み込んだ水が食道を通るのを感じながら
「んん、そんなとこ」
リラックスして答えた。
伊達寺に声をかけたこの漢こそ伊達寺の同期であり二十代にして第二種放逐官になった努力の天才。地場念正。
以前殉職した揉短も相当優秀だったが地場と比べると差は大きい。
地場は連れていた三名を席に座るよう促し、自身は伊達寺の横に居座った。
少しの間注文を悩む。
漆黒の鋭い短髪と高い身長からは想像も出来ないほど優しい声音で注文を済ませる。
「楽しみだ」
微笑みながら伊達寺を見る。
多くの放逐官は養成学校を卒業後に魔的対策機関に所属する。その際に第四種放逐官の肩書きを得る。
伊達寺と田擦は第四種、同年代で第二種になるには相当の功績を上げねばならない。
第三種放逐官で退職、殉職する人もいる。
第二種放逐官に上がるだけでも一目置かれるが、その若さで第二種に上がった地場は魔的対策機関の歴史の中でもかなり貴重な人材であろう。
孰れは特種放逐官になるのではないか。
「連れはいいの?」
地場が連れていた三名を観つつ伊達寺は聞いた。
サラサラの白髪を鬱陶しそうに触っているのは十代くらいの少年。
隣に座るのは少年と同年代くらいの少女で橙色の髪をサイドテールにしている。
向かいに座るのは地場と同年代くらいの女性で肩に届かないくらいで切り揃えた黒髪。前髪が片目の上半分を隠している。
三者三様、めいめいに注文し拉麺に舌鼓を打っている。
「いい部下なんだよ」
心の底から嬉しそうに地場はこぼした。
白髪の少年と目が合ったが少年はお辞儀もせず拉麺に目をもどす。
「地場の班に入るってことは優秀な奴らなんだろうな」
伊達寺は世辞抜きで純粋な気持ちを言葉にした。
フッと地場は嬉しそうに鼻を鳴らした。
「嗚呼、いつも助かってるよ」
三人の部下を見ながら地場ははにかみながら呟いた。
まるで惚気話をしているかのように部下について語る地場。
惚気話と云えば、と伊達寺は地場に疑問を投げかけた。
「そういや彼女さんは元気?」
地場には今付き合っている彼女がいる。
四年だったか五年だったか、長かったはずだ。
名前はヨーコじゃなくてショーコじゃなくて。
「ああ朗子──ろうこ──?元気にしてるよ」
地場の言葉に伊達寺は納得した。
そうだ、労割 朗子──いたわり ろうこ──だ。
そういえば以前揉短にナンパされていた様な。云う必要は無いが。
最初は地場に紹介されて会った。
真面目で感じの良い子だった。
地場が好みそうな子だな、という印象を持った。
「朗子は俺には勿体ないくらい良い子でさ、いつも負担ばかりかけてるのに笑顔を絶やさないでいてくれて」
云いながら辛そうに顔を歪める。
「俺はこの仕事に誇りを持ってる。人に害を成すデーモンを放逐する。そうすることで人々は平穏な日々を過ごせるんだ。でも俺がデーモンを放逐すればする程、朗子との時間は減っていく。最近は特に忙しい。一緒に食事も出来ない。なぁ伊達寺、俺はこの仕事をする限り朗子を幸せには出来ないのかな……俺を好きになったせいで幸せになれないなんて、あんまりじゃないか?」
地場はふつふつと言葉を紡ぐ。誰にも云えず抱え込んでいたであろう本音を伊達寺は反芻した。
人々の為に働くほど彼女さんは寂しい思いをする。かといって仕事を辞めればデーモンの被害を止めることは出来ない。
地場は間違いなく機関に必要だ。地場が機関を去れば大きな穴が空くだろう。地場自身分かっているから自責の念を背負いながらもデーモン放逐をしているのだろう。
恋人の幸せの為に傍に居るか、他人の幸せの為に遠くに居るか。
「ごめん、伊達寺に言っても仕方ないことだった。忘れてくれ」
「その想いを彼女さんに伝えればいいじゃん」
少し驚いた顔をする。
伊達寺の言葉を吟味しさらに顔を歪める地場。
「云ったとろで郎子には何も出来ない、朗子自身が自分を責めるかもしれないだろ」
それはそうだ。彼女さんは良い子だから地場の悩みを親身に受けとめるだろう。悩みの種が自分にあるなら自身を責めてしまうかもしれない。
だからこそである。
「その後悔やら自責やらを彼女さんと分け合えよ。お前一人で頑張りすぎな」
伊達寺の言葉に地場はポカンとした。
伊達寺との関りは長い。だからこそそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。
「伊達寺……」
「って先輩なら云う」
先輩、伊達寺が先輩と呼ぶその人に地場は心当たりがある。
意志に溢れ、あの伊達寺を尻に敷く田擦。
地場は伊達寺と出会った当初は伊達寺には心が無いと思っていたが、田擦先輩の指導によって色々と学んでいるのだろうと思った。
地場は嬉しそうに目を細めた。
「伊達寺にも良い出会いがあったんだな。安心したわ。見ない間に変わっちまって……」
地場の言葉を受けて伊達寺は不意に笑った。
「イヤイヤ、俺は変わってないよ?俺はデーモンをころせればいいだけだから」
「放逐、な!」
透き通る声音に伊達寺は身を震わせた。
「お疲れ様です田擦さん」
「おつかれ」
凛とした地場に優しく返す田擦。
「話せてよかったわ。なんかスッキリした。有難うな。朗子と話してみるよ」
そう言って会計を済ませ部下三人を連れる。
「暫くここを拠点に活動するからな。美味い店見つけれてよかったわ」
部下と仲が良いのだろう。自身で完結することを他者に云えるのは親睦の証ではなかろうか。
店の扉をぴしゃりと閉めた。
説教ムードを察して店を出たであろう地場に想いを馳せる。
「で、お前は何してんだ?」
店を出る際白髪の少年だけは伊達寺と田擦に礼をしなかった。今怒っているのはその所為かもしれない。
「何時も言ってるだろー?デーモンに対して殺すとか云うなって。つか何で私が仕事してんのにお前はこんなとこで休んでんだよー?」
全然俺の所為だった。白髪の少年が礼をしなかったことなど見てなかったのだろう。
先輩は微笑を貼り付けているが目の奥が笑っていなかった。
油断すると先輩の黒目に吸い込まれそうになる。
「やー、俺が先に飯食えば先輩が飯食ってる間に俺も調査とかできるかな〜って。聞き込みとか現場付近観察するとか、俺眼良いんで分かることもあるかなーとか思ったり」
御託を羅列する。
「しらん」
即一蹴された。
ゴンッと伊達寺にゲンコツを見舞う。
「ふつーにサボりだろ。あと伊達寺に聞き込みが出来るとは思えん」
キッパリと云い切られた。
「全く伊達寺はいつもよぉ〜──」
まあ怒られるよなあ。
長々と叱咤されるのだろうと予想した伊達寺は田擦の目を見て体を向けた。真剣モード(見た目だけ)である。
田擦は様々喋った後、眼の奥に光を灯した。
すると直ぐにふいっと横を向いて。
「私一人で食べるの寂しいだろが……」
握っていた拳を開き手のひらを伊達寺の上に置いた。
そのままそっぽを向きながら何回かボスボス叩く。
どうして横を向いているのだろう。
およそ人の心というものを考えてこなかった所為か、伊達寺には田擦の行動が不可思議で堪らない。
だが横を向いたままなので店主と眼が合っていまい、気まずそうに顔を戻す先輩を見て。
少しだけ軟らかな感情を抱いたのだった。
田擦が「ラーメンを二杯食べるから時間がかかる。混んできたからもう食べないのなら外で待っててくれ」と云ったので伊達寺は先刻の田擦の想いを継いで替え玉を頼んだ。
拉麺を前に眼を輝かせる田擦。
潤いのある唇にレンゲをそっと置き丁寧に創られたスープを丁寧に味わっている。
「んま……」
思わず零れる感嘆の意。
髪を耳にかけメレンゲに麺を置いて啜っていく。
「うんまいな、これ!」
スープや麺の良さを饒舌に語る田擦に、伊達寺は真剣に相槌をうつ。
黙々と食事に向き合うのも良いが、美味さを確かめ合いながら食事をするという行為が伊達寺は意外と好きだった。
田擦が奢ると言って聞かないので甘んじて受け入れる。
外は薄暗くなってきており肌寒さも相まって秋を感じさせた。
昼のオレンジと夜の紺色が惜しむように混じり合っている。
田擦が店を出たので扉を閉めてやる。
「先輩って引き算苦手ですよね」
「はあっ!?」
唐突な発言が胸に刺さり愕然とする田擦。
超図星であり田擦のコンプレックスでもある。
「やー、だってさっき店主に四十円あるかを聞かれてキョトンとしてたじゃないですか」
「いや、急に四十円せびられたら困るだろ」
「四十円を出すことでお釣りの小銭が減るからですよw」
「ん?」
「先輩、俺前に説明したと思うんですけど」
田擦は小銭を余分に出すことでお釣りが大きくなるシステムを理解していない。
そう。田擦は勉強が苦手なのだ。
以前田擦に財布が重い、という相談をされ念の為お釣りの計算について聞いたのだ。
するとぽかんと口を開けたので懇切丁寧に説明をした。
ウンウンと頷く様子を見て安心していたのだが……。
「前云ったこと覚えてます?」
「覚えてないな」
「そうですか」
「うん」
「んー。財布重いの大変じゃないですか?」
田擦は眉に皺を寄せ斜め上を向いて少し考える。
「重いのは大変だけど算数の方が大変だしな」
数学ではなく算数と表現するあたり苦手なのは察せる。
今までどうやって生きてきたのだろうか。
かなり初歩的な計算だと思うのだが。
とはいえ伊達寺も数学を覚えたのは数年前だが。
新人の頃に周りに教えて貰ったのだ。
「伊達寺、例の家調べた結果だがどうも違和感がある。明日また話聞くからお前も来い」
朗らかな雰囲気を打ち切って仕事の話を始める。
田擦は調査中に嗅ぎとった違和感を体内で吟味し伊達寺の動向が必要と判断した。
伊達寺も田擦の全身から滲む不快感や焦燥感を感じ取った。
「分かりました」
先輩に言われたらやらざるを得ない。
やるかー。
ひとつの思いが脳を伝い首を伝い全身を這い回り染み込んでいく。
「何隠してるんでしょうね」
「さあな。でもろくなことじゃないだろう」
「まあそうでしょうね」
田擦は真実の一点を見詰めている。。
感じた確かな違和感を義憤の火に焚べて。
+++
闇に呑み込まれそうなほど暗い部屋。
部屋が暗いのは電灯の光の弱さと佇む男の陰気さが混ざっているからだろうか。
男は掻き毟る様に思考する。
結果的に云えば失敗だったのだろう。
というか失敗だ。
何処から間違えたとか行動を変化させていればとか、今思えばどうしようも無いことを何時間も考えた。
後悔を塗り重ねても無意味に色が滲むだけだ。
後悔先に立たずという言葉もあるし今は考えないように努めよう。
ただ今は当初の行動理由を離さず感じていればいい。
そうだ。
やるしかないのだ。
入り乱れた感情が収束され一つと成る。
雑念とともに息を吐き目標を見詰める。
なんでこんなことをしてきたのか。
分かりきった事じゃないか。
だって、
だって、
だって、
だってこんなにも綺麗なのだから。




