違和感の臭い
ピンポンピンポンピンポン
伊達寺がインターホンを連打したので田擦は一瞬ぎょっとした後すかさず伊達寺を蹴りあげた。
「いたい、何をするですか」
「何をするはおめぇだわ!何当たり前みたく連打してんだ友達ん家じゃねえんだよ調査対象なんだよ分かってんのお前の行動一つ一つが組織全体の──」
田擦はその後の言葉を一気に飲み込んだ。
「……どなたですか?」
調査対象がインターホン越しに応答したからだ。
やはり警戒した声音ではあったが。
田擦は笑みを浮かべ、
「機関の者ですが、通報があったため参りました。少々お時間よろしいですか?」
顔が見えないのに瞬時に営業スマイルを……流石先輩だ。と伊達寺は思った。
ドアがゆっくりと開き、身体を少しだけ出したのは30代くらいの男だった。
くたびれた姿勢にくたびれた表情を浮かべながら中へ案内してくれる。
「ただいまー、お、この匂いあるいはハンバーグでは!?」
小綺麗な玄関が一瞬間に移動し地面の灰色に。
何故か頭がガンガン痛む。
田擦が万力をもって伊達寺を投げ飛ばしたのだ。
ゴン!と凄まじい音にくたびれた男がギョッとした。
「お前はここで待ってろ、つか何もすんな!」
怒ったように言って男と家に入っていく。
「怒ったようにじゃなくて怒ってんだよ。何もすんなっつったろ、モノローグすんな」
カチャン、と扉が閉められる。
言葉の強さと裏腹に優しく扉を閉める田擦に尊敬の念を覚える伊達寺だった。
その部屋は酷く異質だった。
違和感を真っ先に感じたのは鼻腔。
その廊下は、なんというか、異臭が酷かった。
臭い訳では無い、異臭。
違和感を次に感じたのは眼球。
ああなるほど、と納得すると同時に酷く不可解だった。
その廊下には芳香剤が等間隔で鎮座していたのだ。
トイレに置くあの芳香剤である。
種類もバラバラで様々な匂いが混ざり合い、異臭と化していた。
客間に案内されたが、そこも廊下と同じような状態である。
はっきり言って異様だ。
何だこの家?いや、それより……。
田擦は思考の優先順位を入れ替え、男に質問をした。
「デーモンと遭遇したとの通報ですが、具体的なお話を伺ってもよろしいですか?」
男はお盆に乗せたお茶を出しながら
「ぁあはい、分かりました」
男は俯きながらもゆっくりしっかりと詳細を話し始めた。
田代古河──たしろ こが──と名乗った目の前の男性は実家暮らしで父と母の三人暮らしらしい。
職業は美容師。
数日前に彼の母が急に旅行に来たいと云い出したのだとか。
田代は急遽仕事が入り行けそうになかったが母は一度決めたら曲げないので父と共に旅行に行ったらしい。
数日経っての事だ。
その日も一人で実家で過ごし、寝る準備をしている最中に何か音が聞こえてきたのだ。
この家に人は自分しかいないはずだ。
なにか動物でも入って来たのだろうか、いや戸締りはしたはずだが、そう思って廊下に出たところそいつは、其れはいた。
全身が白色の異形。
デーモン。
そこからの記憶は曖昧だが、とにかく無我夢中だった。一心不乱だった。
台所に逃げ込んで刃物で抵抗をした。
どれくらいの時間デーモンと相対したのか分からなかった。
辛うじて撃退出来た。出来たのだが傷を負ったらしく肩が思うように動かなかった。
病院で治療してもらい通報をして今に至る、という感じだ。
田代はぽつぽつと状況を紡ぎ終えた。
長く話して疲れたのか田代は息を吐き自分で注いだ茶を啜った。
「そのデーモンの造形を大雑把でいいので教えて頂けますか?」
田代の様子を見てあまり深入りしないように注意しつつ、必要な質問を投げかけていく。
もし今回現れたデーモンが過去に確認されていれば情報が機関に登録されているからだ。
情報が登録されていれば所在地が特定出来たり第二種級以上なら特性が知れる。つまり放逐を容易く行うことが出来る。
「あーーすぃません、なにぶん必死だったもので……部屋も暗かったですし居間以外は電気をつけていなかったので」
「そうですか」
まあそんなものか、突然の異形の来訪と命の危機、こうして話せるのだけでも有難い。
「お役に立てずすみません」
「いえいえとんでもない。こうしてお話を伺えることが貴重で有難いですから」
相手の機嫌を損ねないように世辞と精一杯の笑顔を渡してやる。
「あっいえ」
相手は俯いてしまった。心做しか頬が上気している。
ありゃ、変な空気になったな。
「少しこちらの家を調べても宜しいですか?」
田擦は周りを見渡しながら言葉を発した。
客間のそこかしこにも芳香剤が。
なんか変な家だよなあ。趣味か?にしても客間に芳香剤置くかね?
「ええどうぞ、案内しますね」
そう言って田代は立ち上がる。
田擦も立ち上がろうと足で地面を押すが
「ああちょっと待って下さい。ちょっとだけで良いので」
立ち上がる田擦を制止していそいそと田代は出ていってしまった。
?不可解に思ったが調査対象の機嫌を損ねる訳にはいかない。
しげしげと座り直す田擦。
手を付けていなかった出されたお茶をグイッと呷った。
出されたお茶は違和感が混ざったみたいに温くなっていた。




