第1話「火曜日のない朝」
目覚まし時計が鳴った。
午前六時三十分。
黒崎蓮は重い瞼を開く。
いつも通りの朝だった。
窓の外では車が走り、鳥が鳴いている。
何も変わらない。
何もおかしくない。
そのはずだった。
黒崎はベッドから起き上がり、スマホを手に取った。
画面には日付が表示されている。
6月3日 水曜日
黒崎は眉をひそめた。
「……は?」
昨夜は確かに月曜日だった。
仕事を終えて帰宅し、コンビニで弁当を買い、動画を見ながら寝落ちした。
間違いなく6月1日。
月曜日。
なら今日は6月2日、火曜日のはずだ。
だが画面には水曜日と表示されている。
寝ぼけているのかと思った。
黒崎はテレビをつける。
朝のニュース番組。
女性アナウンサーが笑顔で言う。
「皆さん、おはようございます! 本日6月3日、水曜日の朝です!」
水曜日。
また水曜日だ。
黒崎は慌ててカレンダーを確認する。
壁掛けカレンダー。
スマホ。
パソコン。
全部同じ。
6月2日が存在しない。
月曜日の次が水曜日になっている。
まるで最初からそうだったかのように。
「なんだよこれ……」
黒崎は頭を抱えた。
疲れているのだろうか。
だが違和感は消えない。
むしろ大きくなる。
出勤のため家を出ても、街の様子はいつも通りだった。
誰も慌てていない。
誰も騒いでいない。
信号待ちをしていた会社員に声をかける。
「すみません。今日って何日ですか?」
男は怪訝そうな顔をした。
「6月3日ですけど」
「その前の日は?」
「その前?」
男は少し考えた。
「6月1日ですよ」
黒崎の心臓が止まりそうになった。
「いや、その間ですよ」
「間?」
男は首を傾げる。
本当に意味が分からないという顔だった。
「何言ってるんですか?」
黒崎は言葉を失った。
男は不審者を見るような目で去っていく。
その背中を見ながら、黒崎は冷たい汗を流した。
おかしい。
おかしいのは世界か。
それとも自分か。
警察署に着いても状況は変わらなかった。
同僚たちは普通に仕事をしている。
誰も違和感を覚えていない。
昼休み。
黒崎は資料室へ向かった。
古い新聞やデータを調べる。
だがどこにも6月2日は存在しない。
最初から無かったことになっている。
歴史ごと消えている。
夕方。
黒崎は署を出た。
頭の中は混乱していた。
自分が狂ったのかもしれない。
そう思い始めていた。
その時だった。
帰り道の路地裏。
誰もいないはずの場所で、小さな少女が座っていた。
黒い髪。
白いワンピース。
十歳くらいだろうか。
少女はまっすぐ黒崎を見る。
そして微笑んだ。
まるで全部知っているかのように。
「ねえ。」
少女が言う。
「火曜日を探してるの?」
黒崎の呼吸が止まった。
世界でただ一人。
その言葉を知っている人間がいた。
少女の瞳の奥で、何かが静かに揺れていた。
まるで時計の針のように。




