誤差②
こうしてプロメテウスXが立てた作戦に従い、今ひかりは弾丸のようなスピードで走る二輪車の後席で目を回している。
「おい、釣れたぞ。後ろにいる。距離はこれでいいのか?」
ブルースの声がヘッドセット越しに聞こえる。
『良好です。この距離を維持してください。』
そしてプロメテウスXの落ち着いた声もヘッドセットに響く。
「ひぃっ……お願いプロメテウスX、早くして!」
ひかりが指示を飛ばすと、バイクはエネルギーが切れたように速度を落とす。
「負荷がデカいな。」
スロットルを捻り上げ、ブルースは速度を回復させる。
「負荷もそうだが、敵対フラグが立つ前に終わらせる必要がある。
早めに頼む。」
了解、というプロメテウスXの声のあと、バイクに不格好に取り付けられたアンテナの制御ユニットに光が灯る。
『クローニングした識別子で基地局をエミュレート。
質問パルス……トランスポンダ返答を確認。』
プロメテウスXの声がARヘッドセットに響く。ゴーグルにステータスモニターが立ち上がる。
ドローンを中継する基地局ユニットに、先ほど、ひかりとブルースは改造を施した。
基地局ユニットとドローンとの通信は2系統ある。
一つは、観測データ。こちらはドローン側のAIが要素を抽出し、暗号化して基地局に伝え、『神の目』の演算の為ラケシスに繋がる。
もう一つは、管理通信だ。これは位置や時刻の同期や、診断・ファーム更新などの保全用の通信系統。
こちらは、リアルタイム観測系統とは物理的・論理的に分離されており、ラケシスはその内容を逐一監視しない。
理由は単純だ。
全世界の保守通信まで意味解析の対象にすれば、『神の目』そのものが飽和する。
……つまり、保守通信系は神の目の視界の外にある。
基地局ユニットから管理通信系のアンテナユニットをゴッソリと取り外し、異常診断はバイパスさせた。
基地局ユニットは、本来なら鉄塔の上に載るものだ。
それを工具で無理矢理切り離し、ブルースは荷台へ縛り付けた。
配線は養生テープでまとめられ、電源はバイクから直接引いている。
そこにスマホとの通信ユニットを無理矢理取り付け、プロメテウスXとの通信を立ち上げている。
そしてドローンAIが通信相手を識別するための、この基地局の識別子をクローニングし、今はプロメテウスXが基地局に成りすましている。
『保守系統管理通信より診断モードを呼び出し……完了。
診断プラグインを注入……』
──そして、診断プラグインと偽装して、このドローンを乗っ取る更新パッケージを生成し、注入。
この更新は、ドローンAIの実行環境の外、サンドボックス外で行われる。
……これが、このドローンの脆弱性となる。
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「下駄はあと幾ついる?」
下準備で搬入して隠しておいた携行缶から燃料をタンクに注ぎながら、ブルースが言う。
地面には、5機ほどの観測ドローンがローターを停止して駐機している。
これらは全て、プロメテウスXの制御下にある。
観測系統の通信は今まで通りラケシスに繋がってはいるが、そこからラケシスが見るのはひかり達に都合の良い、プロメテウスXが生成した偽装された現実だ。
別な場所を飛んでいることになっているし、勿論そこにはモイライの無力化を試みるひかり達の姿はないことになっている。
『現在の成功率は約71%。です。あと一機は欲しいところです。』
プロメテウスXの立てた作戦。
それは、保全ドローンをハックしてそれを足掛かりにラケシスを叩くというものだ。
ラケシスは、『神の目』を持つ。
この全球監視ノード網をモイライが握っている限り、オンラインでもオフラインでも、一挙手一投足が探知され、対策を打たれる。
プロメテウスXは、演算能力に差がありすぎて正面からぶつかっても勝ち目はないと言ったが、それ以前にラケシスがいる限りモイライにたどり着くことすらできず、たちどころに返り討ちに遭う。
なので先にラケシスを叩くのだが、正面からぶつかっても、当然勝ち目はない。
そこで、『神の目』下位ノードの観測ドローンを踏み台にする。
「ウィリアムのオッサンも、腕の立つハッカーをこしらえたモンだ。」
パチンと給油口の蓋を閉め、人気ない道端に空の携行缶を放り投げるブルース。
ポケットから煙草を取り出し、火を付ける。
ひかりは顔をしかめてパタパタと手で扇ぐ。
褒めたわけではないだろうが、スマホの中のプロメテウスXは少し得意そうに見える。
「……プロメテウスXって、何をやっているの?」
誰にともなく、ひかりが尋ねる。
全知全能の神の如き『外の世界』の統治AI。
その目を、こうも簡単に盗んでみせたのだ。
気づかれることもなく。
『OODAループを回しているだけです。』
……う、うぅーだ??
キョトンとしているひかりに、プロメテウスは続ける。
『ハッカーは、いきなり攻撃しません。
まずは、観察します。
……最初のOは、Observe、観察。つまり、対象がどのように設計され、どのような運用で動作しているか。』
画面に、ドローンの通信ログが流れる。
管理通信、観測通信、更新要求、診断要求、基地局識別子。
そして、マナト出発前にプロメテウスXが出力していた観測システムの推定モデルが表示され、それがログのスクロールに合わせて形を変えて修正されてゆく。
『そして、理解します。
二つ目のO、すなわちOrient……状況理解です。
どうすれば突破できるかを理解します。
……プログラムそのものは堅牢でしたが、運用は違いました。』
診断系統は保守性を優先しており、そこが突破口でしたとプロメテウスは言う。
ブルースは苦笑する。
「現場なんてそんなもんだが、AIも一緒か。」
『そして、Decide……意思決定です。
どんなことをさせられるか。
突破そのものに価値はありません。
突破した結果、最も価値の高い行動を選びます。』
……それなら、ドローンを壊すことも?
『それもできますが、乗っ取って活用すれば、こちらの資産となります。
最後に……Act、行動します。
診断モードへ更新パッケージを送り込み、今やあのドローンは私の手駒です。
そして、結果を観察し、期待した結果にならなければ再びObserveへ戻ります。』
次はラケシス。そしてモイライです。
プロメテウスXは、こともなげに言う。
「失敗したら?」
『また観察します。
ハッキングとは、一度の侵入ではありません。
OODAループを、成功するまで高速で回し続ける作業です。』
タバコを投げ捨て、踏み潰すと、ブルースはバイクに跨り、キーをひねる。
計器に灯りが灯る。
「それじゃあ、もう1サイクルそいつを回してくれ。
……また釣れたぞ。」
ブルースの指差す先から、かすかに羽音が聞こえてくる。




