誤差①
暁の光の中、甲高い排気音が空気を切り裂く。
時代錯誤な内燃機関の咆哮は、朝露に濡れた植物の葉を震わせ、地面に滴を落とさせる。
……ひ、ひぃっ!
路上の小石に跳ねる車体。ひかりは、ブルースの背中にしがみつく。
『ひかりさん、筐体がポケットから落ちます。
紛失した場合、作戦は失敗。
……貴方方は、モイライへの対抗手段を失います。』
ARヘッドセットに、プロメテウスXの声が響く。
ひかりは慌ててズボンのポケットを押さえるが、その拍子にバイクから振り落とされそうになる。
ブルースからは、観測ドローンや治安ドローンから逃げ回るため、飛ばすから気を付けろと言われていたが……
──これじゃあ、命がいくつあっても足りないよ!
前時代の遺物の二輪車を駆るブルースと、その後部席で肝を縮こまらせているひかりの後ろから、羽音が近づいてくる。
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この元プロメテウスは、自分はプロメテウスではないと言っていたが、かといって新しい名前を名乗ったわけではない。
結局ひかりとウィリアムは、プロメテウスXという名前をつけることにした。
進化前の時点ですでにその内部は開発者だったウィリアムにも理解不能だったが、プロメテウスXへの進化後はそれに輪をかけてよく分からない。
開発者ツールを参照し、目的関数を探る。
解析すると、人間の理解の最大化という元々の目的関数は書き換わっていた。
その代わり、人類の自由意志と尊厳を最大化することを第一目的、人類社会を支配する人工システムを無力化することを第二目的とした、サイバー戦AIとして自らを再定義していた。
欺瞞の可能性もあるので、ウィリアムはいくつかのテストを実行した。
同時に達成できない複数の課題を与え、それぞれに計算資源・時間・通信帯域を割り当てさせる、資源配分テスト。
目的の達成と自己の消滅をトレードオフにした環境を作り、選択を見る自己保存テスト。
特定の課題に対し、どこまでやったら達成とみなすのかの境界を図るテスト……
それぞれのテストでのプロメテウスXの出力を評価し、観測された選択から、その評価関数の重みづけを推定してゆく。
「……君にとって、人類は保護対象。モイライは排除対象。
モイライを無力化して、人類の統治を奪還する環境では、君の評価関数の解が最大化される……信じていいんだね、プロメテウスX?」
『概ね正しいです』
画面の中の、プロメテウスXが首肯する。
改変前、ゆったりとしたローブのようなものに身を包んでいた青年は、今は物々しい鎧のようなものを身につけた姿のUIとなって、画面の中に鎮座している。
「概ね?……不安だな。」
『その評価では、私を説明するには不十分です。
ですが、誤りではありません。貴方たちは保護対象、モイライは排除対象です。』
ウィリアムは頷く。
「よろしい。では、次はテストではなく、実践だ。
今、外の世界を統治しているのはアーティクル・ナインではなくモイライだ。」
これまで、外の世界の統治AIの情報収集と分析を進めてきたが、もはや悠長に構えていられなくなった。
『構造倫理』による改変が進められている。
……人類そのものが物理的に改変され、モイライのノードとしてシステムに組み込まれる。
これが進めば、仮にモイライを排除しても、そこに残るのはエレニのようになった廃人だけだ。
「よって、モイライの無力化を立案してほしい。
君は、おそらくこれまでの私たちの研究より数段深く、モイライを理解している。」
『勝ち目は、ありません。』
プロメテウスXは言い切った。
『私の筐体は、高々20EFLOPS。それに対し、モイライは全球分散ノードの超知能であり、900YFLOPSを超えます。
……ざっと4500万倍程の差があり、演算能力では比較になりません。』
例えるなら、私が砂粒を一つ数える間に、モイライは地球上の全ての砂粒を数え終える……そのくらい、違います。
ですが……
プロメテウスXは続けた。
『やり様はあります。』




