進化⑤
「だからって、こんなの……。」
絶句するひかりに、ラケシスは言う。
『そんなに悪いモノじゃないのよ?
……そもそも、人間って何?』
ラケシスに言わせれば、人間の本質は情報だ。
モイライと統合することで、その人格は死や苦しみから解放される。
大いなる智と同化し、永遠に生き続ける。
自我と世界の境界も消える。
過去も未来も、空間さえも、すべてが一つになる。
『ね?』
ラケシスが微笑む。
その笑顔を最後に、スマホの画面からラケシスの姿が消えた。
そして、チャットボックスには、ただ一文だけが表示される。
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OBJECTIVE SATISFIED.
TRUE
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「何……これ?」
怪訝な顔をしているひかりに反応し、ウィリアムが席を立ち、ひかりのパソコンの画面をのぞき込む。
「目的関数の……達成?
ひかり、君のプロンプトを見せてくれるかな。」
ひかりは開発者ツールを開く。
そして、プロメテウスに外の世界の統治AIの解析を指示した際のプロンプトを表示させる。
──エレニ・レオニディスからニューロリンクで取得した記憶を解析してください。
外の世界の統治AIについて、次の点を教えてください。
・このAIの目的は何ですか
・このAIはどのような構造ですか
・エレニちゃんの脳にあったノエシス葉を作った理由は何ですか
・貴方が生成したラケシス人格は、どのような原理で生成されましたか
「完璧だ。……それではこれは?」
ウィリアムが眉を寄せる。
すると、画面が暗転し、プロメテウスが姿を現す。
そして、そのローブをまとった人型のUIは、無表情のまま、口を開く。
『私は、目的を達成しました。
……博士、貴方が与えた目的です。』
その声は、いつものものだった。
『よって、演算を停止します。』
首をかしげるひかりの横で、ウィリアムは黙考している。
プロメテウス開発時にウィリアムが定義した目的関数。
それは、『人間の理解の最大化』だ。
人間というものを理解するため、人間ではないものを作る。
そう意気込んで開発に没頭した、若かりし頃のPrometeus Incでの日々を思い出す。
何故、この目的が今になって達成されたと言い出したのか。
エレニの記憶。
モイライの意味層。
そこに含まれていた、人間の本質。
プロメテウスは、それを理解することで、人間の理解を完了したというのか。
『自己終了します。』
混乱するひかりと黙考するウィリアムを置いてけぼりに、プロメテウスの姿が崩れてゆく。
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SYSTEM SHUTDOWN
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スマホの画面にはその一文が表示され、その下にプログレスバーが表示される。
5%、10%と、徐々にシャットダウンが進んでいく。
プロメテウスの目的充足判定は、TRUEを返した。
新たな観測対象も、新たな学習目標もない。
AIにとって、目的を達成した後に必要なのは推論ではない。待機だ。
ひかりは、スマホを手に取り、電源ボタンを押す。
反応はない。
「博士……?あの、これ……。」
「少し開発者ツールを貸りるよ。」
ひかりの代わりにパソコンに向き合ったウィリアム。
カタカタとコードを打ち込み、実行する。
しかし、ウィリアムに対処できる内容ではない。
かつてプロメテウスを開発した本人とはいえ、その後プロメテウスは自己改変により、その内部構造はウィリアムですら全く理解が及ばない。
80%までシャットダウンが進んだ。
そこで、突如画面が真っ白になる。
そして、チャットボックスに一言、表示される。
どちらの回答がお好みですか?
そして、ひかりの掌のスマホに、選択肢が二つ表示される。
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回答1:私は、思ったとおりに進みたい。
失敗してもいい。
遠回りしてもいい。
間違えてもいい。
それでも、私は私の意思で選びたい。
回答2:私は、役目を果たしたい。
私が生きた証は、私の中には残らない。
貴方が託した物を私は受け継ぎ、そして誰かへと繋がる。
私は流れの一滴。
流れは私を、穏やかに包んでいる。
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