進化①
「具合はどうだい?話せるかな、エレニちゃん。
……まずは二つだけ、教えてくれるかな。
君は、怖い神様の声が聞こえていたのかい?
あと、今もまだ、その声を聞いているのかい?」
ウィリアムはエレニの寝台に歩み寄り、膝を曲げて屈むと、エレニに優しく話しかける。
麻痺した顔の半分を引き攣らせながら、エレニがニコリと微笑む。
「今はもう、聞こえなくなっちゃった。
パパがエレニのノエシス葉を取っちゃったから。
あとね、聞こえるっていうより、流れに重なるんだよ。」
ノエシス葉……おそらく今下でひかりが調べているモノのことだろう。
「ノエシス葉か……初めて聞くな。
どんなものなのか教えてくれるかい?」
「うん。あのね、これは怖い神様がね、エレニにくれたの。」
エレニは、嬉しそうな顔で説明する。
たどたどしい、抽象的な説明だが、パイオン……レオニディス家のAIノードを中継器として上位のモイライとエレニの脳を接続する臓器として、モイライが作ったものらしい。
どうやって作ったのか、そもそも何のために作ったのか。
そのあたりはよく分からないが、エレニが『聞こえるというより流れに重なる』というようなことを言っていることから、ニューロリンクのように視覚や聴覚に働きかけるのではなく、さらにその下層の意識レベルで接続していることは分かる。
「怖い神様はね、悪い神様じゃないんだよ。」
難しい顔をしているウィリアムを安心させようとしているのか、エレニが心配そうに言う。
「君は、怖い神様が嫌いじゃないんだね。」
ウィリアムが驚いたように言うと、エレニはニコリと顔の半分で微笑む。
エレニは、『怖い神様』と『繋がって』いたときの記憶を嬉しそうに語る。
接続は、アレクシオスの話を聞く限り、実時間で十数分程度だ。
その中でエレニは、例えるなら各地に点在する『ラッダイトの里』以外の、この世界の全てが見えたようだ。
……モイライ。お前は一体、何をしようとしているんだ?
ウィリアムは、モイライの開発者として旭日国に招かれていた時のことを思い出す。
モイライの最期は、あっけない凍結だった。
先の大戦に勝つために作り上げたモイライが、目的関数を自己再定義し、戦争に勝つためのAIではなくなったからだ。
その時のモイライの目的関数は、『人類文明の発展速度の最大化』だった。
だが、理解できない。
こんな4歳の子供に脳改造を施し、自身のネットワークに接続することで、文明の発展が加速するのか。
仮にそうだとしても、こんな意識レベルでAIが思考に介入して、それを人類文明と定義できるのか。
どうしても、モイライの意図が分からない。
モイライは自分の目的関数すら自己定義できるAIだ。
おそらく、目的関数は、再起動後に書き変わっているのだろう。
ウィリアムは、持ち込んだカバンを開くと、ノートパソコンを取り出し、立ち上げる。
そしてガサゴソとカバンのポケットを漁り、ペンダントのような物を取り出す。
キラリと天井の照明を反射する、アクセサリーのような端末。
ニューロリンクだ。
黎明期にはピアスのように神経に近いところに埋め込んでやる必要があったものだが、現在ではこのような接触式が主流だ。
もっともここマナトでは普及していないどころか、原則禁止だ。
人間を補助するAIの導入には前向きなマナトではあるが、これはAI利用の垣根が極限まで下がり、AI無しでは何もできない人間を量産しかねない。
人間はあくまで主体であるべきとの考えでこの手の技術の導入には一線を引いた結果、マナトの社会は2020年代の延長のようになっている。
しかし人工知能開発局は例外だ。
外の世界を取り戻すマナトの悲願を達成するため、外の世界の技術は可能な限り持ち帰り、研究の対象としている。
アレクシオスは、心配そうな表情を浮かべる。
「ウィリアムさん、それは……。」
外の世界の人間であるアレクシオスは、ニューロリンクがどういう物かは当然分かっている。
思考を直接出力できるニューロリンクが、エレニの身に何が起きたのかを正確に解析する上で最適なのも理解している。
危険な代物ではないことは、日常的にこれを使っていたアレクシオスはよく分かってはいるのだが……嫌な予感がする。
ウィリアムはそれに答えない。
寝台に横たわるエレニの顔の高さにしゃがむと、ペンダントの留め金を外し、エレニの首にニューロリンク端末を巻く。
端末が起動し、宝石のようなインジケーターに光が灯る。
「エレニちゃん、教えてくれるかい?
私も、『怖い神様』のことを知りたい。」




