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プロメテウスの叡智  作者: 叡愛禅師
逸脱者たち
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解析④

「ひっ……。」

白い冷気を立ち昇らせるそれに、ひかりは恐れおののき、嘔吐きそうになる。

涙目になりながらも、固まった血液に塗れたそれに、プロメテウスのスマホを向ける。


「ねぇ、プロメテウス!……何か分かった?」

ひかりはなるべくその物体を見ないようにしながら、プロメテウスに解析を指示する。


『……カメラが対象を外れています。中央に映してください。』


馬鹿野郎、ひかりが怖がってるじゃねぇか!

スマホのスピーカーから、プロメテウスの後ろで怒鳴っているような声が聞こえる。

……これは父の巌だろうか。


ひかりは首を振ると、自分に言い聞かせる。

……私の仕事は、プロメテウスのオペレーター。私の仕事は……。

泣きそうになりながらも、しっかりとそれを画面の中央に目視で捉え、10秒程保持する。


『お疲れ様です。3Dスキャンが完了しました。』

ひかりは、顔をそむけると、安堵する。

しかし、それも束の間だった。


『……続いて、裏面のスキャンを……』

へなへなと、ひかりはその場にへたり込む。


ウィリアムが移民局の要請でエレニとアレクシオスに対面しているその下の階では、プロメテウスのスマホを持ち出したひかりが、エレニから摘出されたという謎の病変組織の解析を行っていた。


アレクシオスは、根っからの医者だ。

未知の病変組織は、今後のエレニの治療に必要な情報の宝庫。

鞄に詰め込めるだけの応急処置用の医薬品類と一緒に、生理食塩水に漬けたこの謎の病変組織も持ち込んでいたのだ。


血まみれでなく、表面に神経やら血管やらが這いまわっていなかったら、ひかりはきっとこれを何かの電子部品だと思っただろう。


信じられないのが、これが人骨のような物で出来ており、しかも4歳の女の子の脳内から摘出されたということだ。


ひかりは、意を決して手を合わせ、震える手でピンセットでその物体を摘み上げ、ひっくり返す。

そして再びプロメテウスのカメラを向け、画面中央に収める。


……疲れた。

溶けて椅子にへばりついたように座り込むひかり。

当分、悪夢にうなされそうだ。


『ひかり、お仕事ご苦労様。

ちゃんと最後までやり切ったね。』

スマホの中の真希が、ひかりを気遣うように声をかける。


『あんな怖いものいきなり触らさせられたのに、逃げないでちゃんとやり切ったんだね。すごい事だと思うよ。

……後で甘いものでも食べなさい。』


過保護な親に職場に押しかけられた気分だ。

曲がりなりにも仕事中なのだから、両親には出てきてほしくない。

ウンザリするが、この両親の死者人格もプロメテウスの筐体であるこのスマホに同居している存在で、かつプロメテウスのシステムを構成するノードでもある点が鬱陶しい。

それ以前に、先ほどの作業で、文句を言う気力もない。


真希の言葉が終わると同時に、研究室の扉がスーッと開く。

「御足労ありがとうございます。人工知能開発局の光原さんですね。

……これ、本当はウチの管轄かもしれないんですが、どうしても分からなくて。

はいこれ、スキャン画像です。……ね、どうみても何かの部品でしょ?

あっ、名刺下さい。あとでモデル送っときますんで。」


……それあるなら早く出してよ!

涙目で恨めしそうな顔をしながら、写真の束を受け取り、名刺を差し出す。


「プロメテウス、これ、なんだと思う?」

写真の束にカメラを向け、ひかりがスマホに話しかける。


『生体組織でできていることは間違いなさそうですが、いかなる人間の器官でもありません。

そして病変組織にしても、不自然です。形状が、整いすぎています。』


不思議なもので、血に塗れ神経組織が表面を覆っている現物はグロテスクで見るに耐えないが、こうやってスキャンされた断面図で、元の色彩を保っていない陰影で見る限りは、全くグロテスクさを感じない。


どこからどう見ても、回路基盤そのものだった。


『これは、偶然形成された生体構造ではありません。

端部の真直度は10μm以内。神経組織の通る穴は直径250μm、誤差は±25μm以内。中心間の距離は500μmで、位置の誤差は半径25μm以内。基盤部の平面度は……』


プロメテウスは解析結果を出力してゆく。

一つわかることは、この物体が、人工的に作られたとしか思えない幾何学精度を持つということだ。


『ゲート部がありますね。こちらは一転、不規則な樹形です。

ええ、生体由来なのは間違いなさそうです。

おそらく、脳内の血管から析出した固形成分で、ここを起点に形成されたようです。

……これは……。ひかりさん、これを見てください。』


断面スキャン画像にカメラを向けていたひかりの手の中で、スマホの画面がズームアップする。


……何これ?分かんないよ。

プロメテウスが示した拡大図には、輪切りのパイプのようなものが映っている。

『これだけは、生体組織由来ではありません。密度や水分含有量の推定値から、外部由来の微細な物質と推定されます。

この病変組織が形成される過程で内部に取り込まれたように見えます。』


……そして、ゲート部から端面まで、まるで材料を運ぶパイプのように繋がっている空隙の中間点にあり、その空隙内部を移動した形跡があります。

まるで、その空隙の中を析出物を運び、この病変組織を成型したかのように。


プロメテウスの言葉に、ひかりの脳裏に一つの言葉が浮かび上がる。

──ナノマシン。


『この病変組織の形状は、いかなる生体器官にも類似しませんが、電子部品と考えると、アンテナと増幅器に類似した構造です。

俄には信じられませんが、目的を持って作られたとしか思えない構造です。』


……目的って?

スマホの画面に渦巻く青色の粒子の向こう側で、プロメテウスは静かに思考している。


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