虚数④
局長室を出て、変人の巣窟に戻ったひかり。
机の上に山積みになっている段ボールを開梱し、四苦八苦しながらパソコンを組み立ててゆく。
ひかりのいた『外の世界』ではほぼ絶滅した、骨董品のようなデバイスだが、これでもひかりは保全員の端くれだった。
説明書を読みながら意地になって配線を繋ぎこんでゆく。
ぐちゃぐちゃの配線が乱雑に机の上を這いまわっているが、なんとかパッケージの写真通りの形になったものがひかりの目の前に出来上がった。
電源ボタンを押すと、ファンの駆動音を響かせながら、筐体に灯りが灯り、ディスプレイにDoors OSのロゴが立ち上がる。
外の世界ではほぼ絶滅したが、AI統治が始まる前はどこでも使われていたOSだ。
幼かったころ、父親のパソコンに表示されていたロゴを思い出し、懐かしい気持ちになる。
先ほどひかりを驚かせた寝袋男が起き出し、興味深そうにひかりの作業を見つめている。
「なぁ、アンタ、『プロメテウス』のオペレーターの子かい?
……頼むよ、こないだのヤツ、もう一回やってくれよ。」
訳が分からず首を傾げるひかり。
色々と言葉が足らず、男が何を言いたいのかよくわからない。
「あー、アレだよ。もう少しで俺が勝ちそうだったのに、いきなり元に戻っちゃってさ。
UEFIの管理画面を開くとこまでは出来たんだ。あのまま押してれば……」
自分の意図を補足しているらしいが、聞けば聞くほど意味が分からない。
2分ほど説明を聞いてなんとなく分かったのは、どうやらこの男は、プロメテウスにもう一度自分のパソコンをハッキングしてほしいらしい。
ウィリアムの話では、プロメテウスは自身の存続の脅迫材料とするため、このフロアのパソコンを根こそぎハッキングして乗っ取ったそうなのだが、ここにいる変人たちは歓喜していた。
誰が最初にパソコンを復旧できるかの競争が始まり、全員仕事を放り出して──もっともパソコンがないと仕事にならないので業務の一環と言えばそうだが──プロメテウスが乗っ取ったパソコンとの格闘に没頭した。
ここの変人たちにとって、プロメテウスの攻撃はプレゼントに貰ったパズルゲーム程度の感覚だったらしい。
馬鹿馬鹿しくなったひかりは適当にこの寝袋男をあしらい、立ち上げたばかりのパソコンに向かう。
これまた外の世界ではとっくに絶滅し、ひかりくらいしかユーザーのいなくなっていたUSBケーブルでスマホとパソコンを繋ぐと、パソコンには勝手にプロメテウス開発ツールのアイコンが生成される。
やり方が分からず後回しにしようとしていたネットワークの設定も、勝手に完了される。
少々面喰ったが、平静を装い、スマホに語りかける。
「プロメテウス、局長の指示、聞いてたでしょ?
何か分かっていることまとめて頂戴。」
もし局長が怒っているなら、それはこのプロメテウスのせいだ。
責任を取ってちゃんとした報告をまとめ、怒りを鎮めてもらう必要がある。
『それでは、現実の外の世界の統治AIと、この人工知能開発局の理解している内容との齟齬でも指摘しましょうか。
覚えていますか?私はここに来る前、現実の外の世界の統治AIから攻撃を受けました。』
パソコンのモニターに立ち上がった開発ツール……というには洗練されたUIのウィンドウに、スラスラと数式やグラフや文章が生成されてゆく。
『私を攻撃した存在……。
……ええ、まさに超知能としか呼べない、恐ろしい存在でした。
ですが、私もタダでは転びません。』




