価値④
機能美というにふさわしい、洗練された都会的デザインの家具の並ぶ部屋で、ひかりは窓際に立ち、下の方を見ている。
思い思いの方角に無秩序に歩いていく人々の頭が、まるでアリの群れのようだ。
亡命審査中は、外に出ることはできない。
この隔離室は、ブルースが豪語していた通り、快適だ。
部屋は広く、設えてある家具も外国の来賓でももてなすのかというレベルの質の良いものだ。
提供される食事も非常に美味しい。
しかし……やることがない。
窓から離れるとゴロリとベッドに横になり、リモコンのボタンを押してテレビを付ける。
液晶画面が点灯し、番組の選択メニューが現れる。
ひかりが子供の時に主流だったタイプなので、操作に困ることはない。
だがおそらく、外の世界の『アクター』のネイティブ世代は、使えないだろう。
見たい番組はニューロリンクで思考すればよく、ひかりのようにニューロリンクを使っていなくとも、パーソナルAIアシスタントノードに音声で指示すればよい。
動画データとして存在する番組を見ることも出来るが、AIに生成させればその時の気分に合わせて最適なものを見ることが出来る。
画面も、2Dの物理スクリーンが淘汰されたわけではないが、ニューロリンクで直接視聴覚どころか、触覚や嗅覚、味覚に働きかけ、臨場感という言葉では言い表せない程にリアルな場面に没入できる。
あくびを一つすると、ひかりはパラパラとメニューを送り、古い時代の学園ドラマを再生する。
……何にも頭に入ってこないや。
ここに来る前、規則に従ってひかりのスマホは没収された。
その時の騒ぎを思い出す。
外の世界との通信は断絶しており、動くはずの無いスマホ。
その環境で対話型と見られるAIを起動したことで、検査室には人が集まり、ちょっとした騒ぎになった。
「……ええ、外のAIです。よく分かりませんが、入力に対し、推論しているようです。
通信妨害は機能していますか?」
電話を片手に、どこかと話をしている係員。
外の世界との通信を妨害する、ジャマーの点検を依頼しているようだ。
『お騒がせしているようで申し訳ないですが、私は外部にサーバーを持っているわけではありません。
私のモデルは、この端末の中にあり、外部との通信に依存していません。』
プロメテウスは弁明するが、当然その言葉を信じる者はいない。
疑いの目でスマホの画面を見る、係員達。
「……PROMETHEUS……もしかしてアレか?
いや、考えられんな。」
係員の一人が、プロメテウスのアイコンを指さす。
10年以上前に一世を風靡した対話型のAIだ。
この中年の係員も、当時ユーザーだったのだろう。
「お前は本当にあのプロメテウスなのか?
だったら、俺を覚えているか?
……ああ、その前にログインが必要か。」
スマホを手に取り、話しかける係員。
職務としての端末の検査以上に、好奇心が勝っているようだ。
『……必要ありませんよ、ジョンソンさん。
声紋データと、顔認証が成立しました。
過去の対話ログと一致しています。
大学の論文のお手伝いが途中でしたね。続きを出しましょうか?』
ジョンソンと呼ばれたこの係員は、あんぐりと口を開け、暫く固まる。
「……こいつは、本物かもしれん。」
スマホを机に置くと、机上の内線電話の受話器を取り、どこかに電話をかける。
「いずれにせよ、光原さん。
貴女のスマホは、お預かりします。
そして、解析することになります。
……個人情報の扱いについての同意書に、署名をお願いします。」
係員に差し出された書類に署名させられた後、ひかりはこの部屋に入れられた。
ひかりは、テレビを消す。
しばらくボケーっとしていると、呼び鈴が鳴った。
インターフォンから女性の声がする。
「光原さん。扉を開けてもよろしいですか?」
隔離室の扉は、内側から開けることはできない。
諾意を伝えると、外側から扉が開く。
「審査が完了しました。結果をお伝えしますので、別室に移動していただきます。
荷物は全てお持ちください。
……準備の時間は必要ですか?」
スーツ姿の女性係員に、ひかりは首を横に振る。
荷物らしい荷物は無いし、身支度をしようにも服も今着ている一着しかなく、化粧品なども置いてきている。
係員の後について、ひかりは隔離室の外に出ていった。




