価値③
ひかりは礼を言うとスマホを受け取り、プロメテウスを立ち上げる。
「お母さん……聞こえる?」
ひかりは、なるべく明るい声を絞り出して言う。
「ここでお別れなんだって。お父さんのスマホ、ここには持っていけないみたい。」
係員は一瞬面喰ったような顔をすると、困惑した視線をひかりに向ける。
……この子、一体何をやっているんだ。
肉親に語りかけるように、ネットワークに繋がっていないはずのスマホに語りかけるひかりの姿に、係員は少し引いている。
スマホの画面に、青色の粒子が舞う。
そして、鮮明に、ひかりの母、真希の姿が映る。
『仕方ないよ、ひかり。この人たちが警戒するのは当たり前。
でもね、ここにいれば貴女は安全でいられる。お母さん、それで十分だから。
……元気でね、ひかり。貴女はもう、自分の足で歩いて行ける。』
係員は、仰天する。
……なっ……!アレはAIだよな?なぜここで動いている?
電波探知機に目を向ける係員。しかし、警報は出ていない。
係員の表情に気づかず、ひかりは微笑む。
「うん、まあ、なんとかやってくよ。
でも、その前にね。お願いがあるの。
……お母さんが一番楽しかった、思い出の動画見せてよ。」
真希は、少し考えこむ。
『そうねぇ……このスマホに残ってるデータだと、これかな?』
画面が切り替わる。
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公園で揺れるブランコ。
小さな女の子が、しかめっ面で座っている。
足をバタバタさせているが、上手く前後させることが出来ない。
「ブランコこわれた!」
泣きそうな顔で、後ろを向く女の子。
ぷっと噴き出すような男の声が画面外から聞こえる。
笑いがこらえられないのか、画面が揺れる。
女の子の後ろに立っている女性は、にこやかに幸せそうな笑みを浮かべて、女の子の顔の高さにしゃがみ、頭を撫でてやる。
「困ったねぇ。ひかり、一生懸命に漕いでるのに、本当に壊れちゃったのかな?」
そう言いながら、女の子の身体を包み込むように手を伸ばし、足をまっすぐに伸ばしてやる。
「上手ね。そう、ピーンって伸ばして。」
軽く、女の子の背中を押してやる。
女の子が怖がらないよう、落ちたりしないよう、優しく。
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『私、この後すぐ死んじゃったからね。私と貴女が一緒の記録はこれでお終い。
……可愛かったなぁ、ひかり。』
画面に映る真希の顔は、幸せそうだ。
この映像は、真希がまだ生きていた時のものだ。
画面の中のAI真希が直接体験したわけではないが、生成される過程で学習した内容。
AI真希にとっても、自分の記憶であり、成長した娘の子供時代のアルバムをめくる母親のような表情で、思い出に浸っているようだ。
ひかりは、笑みを浮かべながら首を振る。
「それはもう見たよ。
……そうだ、私が小さい時、おばあちゃんのところに行ったじゃない?
ほら、海に行ったり、スイカ食べたり。あの時のこと、覚えてる?」
ひかりは、兎に角楽しかったことは覚えている。
しかし、その時の記憶は偽りの記憶であることだけは確かだ。
……その記憶には、いるはずのない、生きている母の姿があるのだから。
ニューロリンクは、直接コンピューターのメモリを出し入れするように人間の記憶を書き換えるわけではない。
そもそもが曖昧な人間の記憶メカニズムに付け込み、神経レベルで繋がったAIの生成する映像や対話を通じて徐々に元の記憶を汚染し、すり替えてゆくのだが、記憶のすり替えが定着する前にこれに気づいたひかりがニューロリンクを叩き壊したこともあり、このときのひかりの思い出は非常に曖昧だ。
真希は、一瞬キョトンとする。
ほんの一拍だけ、言葉が出遅れる。
『あー、あの時かぁ……。』
一瞬、言葉が途切れる。
『……でもあれ、私が死んじゃったあとの出来事だよ?
それでいいの?ひかり。』
ひかりは、ケタケタと笑う。
「人間でもAIでも、お母さんはお母さんでしょ。違うの?
……お父さん、動画取るの忘れちゃったみたいで、あの時の動画が無かったんだ。
AIになったお母さんなら、覚えてること動画で出せるでしょ?見せてよ。」
画面の中の真希は一瞬目を閉じ、嬉しそうにククッと笑う。
『……みんなずるいなーって思って見てたんだよ。とっても楽しそうで。』
画面が切り替わる。
燦燦と輝く太陽を浴び、波打ち際の白い波の中で上着までずぶ濡れになりながらはしゃぐ、女の子。
……これ、お母さんからみたあの時の私なのかな?
ってことは、これはお父さんかな。
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画面の中のひかりの隣では、巌もまた童心に還ったかの如く腰まで水に浸かり、ひかりに海水をひっかけている。
『何が『ひかりが流されないように』よ。自分が思いっきり楽しんでるじゃないの。』
真希の独り言がスピーカーから聞こえる。
その声には羨望が混じっているが、楽しそうだ。
「まぁったく……ここらには盗むような人はいないけど、不用心だねぇ。
こんなところに携帯電話なんて置きっぱなしにして……。」
盆に切ったスイカを載せた、ひかりの祖母が裏手から出て来る。
「おーい、ひかりちゃんに、巌!スイカ切ったよー!」
分かったよー、母さん。という声のあと、ひかりの手を引いた巌が、海から出て来る。
二人共、髪の毛から海水を滴らせている。
「よし、見てろ、ひかり。タネ飛ばしだ。」
巌が、スイカの種を砂浜目掛けて吹き飛ばす。
ケタケタと大笑いするひかり。
真似してやってみるが、タネはひかりの足元に落ちるだけだ。
「ママもやろう、タネ飛ばし。アトランティスにもスイカある?」
ひかりが、こちらを向いて話しかける。
『そんなお下品なこと、やりません。』
真希の言葉に悪戯っぽい笑みを浮かべたひかりは、二つ目のスイカを手に取る。
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「何て言うか、平凡だね。
なんにもドラマみたいのは無くって、皆で海でスイカ食べただけだったね。」
真希の生成した動画を見終わったひかり。
可笑しそうに、小さな笑いをこらえている。
『うん。でも、その平凡っていうのが、一番難しいんだよ。
……多分平凡なお母さんじゃない私が言うのもアレだけどね。』
「あの、光原さん。ちょっとよろしいですか?」
続いて巌にも同じお願いをしようとしていたひかりに、係員が割り込んでくる。
先ほどまでの柔和な表情は、もうない。
その顔には、警戒心がありありと浮かんでいる。
「それ、AIですよね?
なんで動いてるんですか?」




