価値②
「ふーん、意外と快適そうじゃない。」
煌々と輝くネオンサイン。信号の変わった交差点にごった返す人波。
ボートを降りた対岸で乗り換えた小型のスポーツカーの助手席から見る、『ラッダイトの里』こと『マナト島』の情景は、人食い族の村にでも入るのかと言わんばかりの不安感を抱えていたひかりを少し安心させるには十分だった。
「ラッダイトと聞いてアンタが何を想像していたのかは大体想像が付くよ。
正直に言ってみな?
……原始時代みたいな生活をしているって思ってただろ?」
まさにそう考えていたひかりは、答えずに外を見ている。
……小さい時にテレビで見た時のまんまだ。
ここマナト島は、かつての超大国、アトランティス連邦の経済や文化の中枢だった島だ。
そしてかつてプロメテウスが暴走事故を起こした際に、扇動された人々が派手な衝突を繰り広げた場所でもあり、その情景は象徴的に、世界中で、繰り返し報道された。
幼かったひかりの記憶にも、しっかりと残っている。
「まずは一旦、移民局に来てもらう。
アンタの立場は、亡命者だ。
それが承認されるまでは、隔離室で暮らすことになる。
不便をかけるがな……なぁに、そんなに悪いところじゃない。」
客人をムショみたいなところに押し込んだりしたら、マナトの沽券にかかわるからな。
全力でおもてなしするから、期待していてくれ。
ハハッと笑いながら、ブルースが言う。
信号が青に切り替わる。
シフトレバーを一速に叩きこみ、アクセルを煽ると、小気味良い排気音を響かせながら、ブルースの車は発進する。
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「では、こちらにご署名をお願いします。」
移民局の椅子に座り、審査官と向き合うひかり。
目の前には、亡命理由説明書と印字された紙がある。
……こんなの書いたのいつ振りかな。
ひかりは備え付けのペンを取ると、署名欄に名を記す。
『アクター』の世界では、ペーパーレスどころか、入力レスだ。
AIによる個人特定型認証が当たり前であり、電子媒体への入力どころか、パスワードや指紋認証などもゼロではないが廃れている。
「……はい、受理しました。
それでは、セキュリティチェックを受けてください。」
カードを渡されたひかりは、別室に通される。
「荷物は全てこちらのトレーに出してください。」
係員の指示を受け、ひかりはポケットからスマホを取り出す。
係員が興味深そうにスマホを見る。
「へぇ……。外の世界にもまだこういう物があるんですね。
てっきりみんなニューロリンクかと思ってました。」
ひかりは、首を振る。
「多分、こんなの使ってるの私だけだと思います。」
……我儘言って改造して直してもらった、特別製だし。
ウンザリした顔で首を横に振っていた、量販店の店員を思い出して苦笑いする。
しかしそこで係員は、申し訳なさそうな顔になる。
そして、ひかりの目を見て、ゆっくりと言う。
「……申し訳ないですが、外の世界の電子機器は、こちらで預からせていただきます。」
えっ……?
「……あとで返してもらえるんですか?」
心配そうなひかりに、係員は力なく首を振る。
「規則ですから。
外の機器は、例外なく統治AI……アーティクル・ナインのノードです。
この島は外との通信を断絶させていますから、危険はありませんが、そもそも動きません。
持っていても仕方ありませんよ?」
ひかりはじっとスマホを見つめる。
先ほど治安ドローンに追い回されていた時には、このスマホの中のAIの判断を呪い、父と母を名乗るAI生成人格を信じた自分を張り倒してやりたいと思っていたが、なんだかんだ言ってもこのスマホは、幸せだった自分の子供時代と現在を繋ぐ唯一の接点。
自分の記憶は、あてにならない。
数年前まで、ニューロリンクを装着していた頃、自分の思い出は汚染された……そうひかりは確信している。
旭日国を出る前、あそこまで無理を押し通してスマホを修理したのも、そこに残されているであろう過去の写真や動画から、自分の本当の思い出を取り戻すためだった。
「中のデータだけでも、貰えませんか?
……死んじゃった私の両親の、たった一つの思い出なんです。」
ひかりは食い下がるが、係員は憐れむような目で首を横に振るだけだ。
「……それじゃあせめて、最後にお別れを言わせてくれませんか?」
係員はため息を吐き、スマホをひかりに差し出す。
「いいでしょう。
貴女の、大切な物なんですね。私も心が痛みますが、お許しください。
……お気の済むまで、どうぞ。」




