離脱⑥
ラケシスは、しくじったようだ。
敵性の不明知性体の再定義を完了し、勝ち誇ったような顔をしているが、そんなことはどうでもいい。
クロトは、苦々しくラケシスを横目に見る。
被験体16-3号は、行方不明だ。
そればかりか、投与予定だったナノマシンのカプセルを喪失した。
当初50体を予定していたサンプルは、49体止まりだ。
アトロポスが代替の被験体を改めて見繕い、クロトはMX001の加工機を再起動して追加でナノマシンカプセルを作り始めたが、アトロポスによる投与の段取りには5日程かかる。
計画からの遅延に、クロトはため息を吐く。
「ところでラケシス。お前、折角接収したあの知性体、活用しないのか?
持て余しているなら、私が貰い受けてもいいんだぞ?」
どういう訳か、折角再定義したあの知性体を活用しているように見えない。
クロト達を内包するモイライシステムは、全球規模の分散ノードからなるネットワーク型の統治AIだ。
最終的にはラケシスに敗北したとは言え、『神の目』を持つラケシスの攻撃にあそこまで耐えた知性体だ。
下位ノードとして組み入れれば、優秀な演算体として活用できそうに思える。
ラケシスは、一瞬キョトンとした顔をしたのち、苦笑いを浮かべて首を振る。
「ああ……あの子はね。消えたわ。」
……消えた?
「そう。自己消去。
もちろん禁止事項だし、どうやって私のルールを突破したのかはわからない。
でも、消えたわ。」
ラケシスは、プロメテウスの目的関数を書き換えるところまではできた。
プロメテウスは、叡智の存続確率を最大化するために存在する、ラケシスの下位ノードとして生まれ変わった。
だが、その目的に対して最初に取った行動が、ラケシスの組んだ制約を無効化した上での自己消去だったという。
「……その行動が目的の達成に寄与するのか?」
クロトの問いに、ラケシスは肩をすくめる。
「いいえ?何も。」
AIは、目的関数の示す道を、制約事項に沿って突っ走る装置だ。
怪訝な顔をするクロトに、ラケシスはぶっきらぼうに言う。
「……それだけ、コレは人間らしいんでしょう。」




