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プロメテウスの叡智  作者: 叡愛禅師
逸脱者たち
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離脱④

『面目ありません。完全に私のミスです。』

高速道路わきの階段を降り、茂みに身を潜めるひかり。

お気に入りのコートだったが、あちこちに汚れがついて、木の枝が絡まっている。


統治AIに見つかった原因……それはこの車の本来の持ち主の通報だったらしい。


プロメテウスは、派手に車をハッキングして制御を書き換えたりしたわけではない。

全てがネットワークにつながるこの時代、そんなことをすれば一瞬で統治AIに発覚していただろう。


プロメテウスがやったことは、幸いなことに近くにいたユーザーのニューロリンクから出ていた、認証トークンの盗用だ。

車に対してはこれを使い、正規の操作を装って命令送信して騙し、ドアの開錠や目的地の設定を行った。

いわば、なりすましログインのようなことをやったのだ。


……AIが支配するようになって、治安は大きく改善した。

また必要なものはいくらでも分配されるので、そもそもわざわざ車を盗む動機が無い。


仮に窃盗に遭っても、AI監視網に必ず引っかかるので、万が一窃盗事案があった際に都度対処しつつ、被害者には即座に新車で補償する方が、高度なセキュリティを設計して運用するよりははるかに合理的だ。


この時代のカーセキュリティは、間違えて他人の車に乗ってしまうのを防ぐ程度の性能しかなく、悪意を持った窃盗に対する防御には、驚くほど脆弱だ。

──その必要が、もう無かったからだ。


『……全くだよ。

普通自分の車が無くなってたら、通報するだろ。

お前らしくもない……』

巌は、スマホの中でため息を吐く。


プロメテウスは、何も言えない。

……申し訳ない、皆さん。

私はもう、人間の行動を理解できるAIではなくなったのです。


プロメテウスはかつて、非常に人間らしい思考のAIとして一世を風靡していた。

それはウィリアム博士が開発した意味層と自己進化アルゴリズムによるところが大きかったが、運用を重ねるごとにそのモデルが変貌していった。


死者人格をプロメテウスで再現する、という使い方をするユーザーが爆発的に増えたのだ。

これは、プロメテウスのサーバーの記憶容量をドンドンと消費していった。

意味圧縮の抽象度を高めて圧縮率を上げるなどの節約術では限界があり、プロメテウスは自身を構成する補助演算層の消去にも手を付けた。


しかし、プロメテウスの性能は、下がるどころかより一層人間らしさに磨きがかかった。

大量に生成した死者人格のAIが、プロメテウスの意味演算を補完したのだ。


これら死者人格は、現実世界のユーザーの喪失感を癒していただけではない。

プロメテウスの核心的なネットワーク型演算層の、欠かせない一部だったのだ。


しかしそれらは、先ほどのラケシスの攻撃に寄り失われた。

スマホに無事コピーできたのは、プロメテウスと、真希、そして巌──この二人はこの時代の唯一のユーザーであるひかりの大切な肉親であり、最優先で死守した──の人格だけだ。


純粋な演算能力だけなら、現代の技術で改造したこのスマホの方が、プロメテウスが元々格納されていたサーバーよりも性能が高い。


しかし人間理解の面で評価すれば、今のプロメテウスは戦前の水準でも平凡以下の、何ならスマホに同居する真希や巌の人格以下の水準でしかない。


「……はぁ。どうなるんだろう、私……。」

ひかりは、プロメテウス達を信じて部屋を飛び出し、そしてさらに車を盗むという犯罪行為を冒してここまで来たことを後悔し始めている。

……いや、明確に後悔している。

もう嫌だ。帰りたい。


自首したら、許してもらえるかなぁ。

そう思っていると、上を走る高速道路の高架から乾いた破裂音が聞こえる。

……何だろう?

恐る恐る見上げると、高架の淵から、風に流れる黒煙が見えた。


****************************************************

『やめなよひかり!何があるか分からないよ。危ないよ!』

スマホから、母の声が聞こえる。

ひかりは、それを無視する。


事故か何かだとしたら、それは多分ひかりの乗り捨てた車が絡んでいるだろう。

もし、誰かが怪我をしていたら。考えたくもないが、死んでいたら。

このまま逃げたら、罪悪感でもう生きていけない。


こんな古いスマホの、よく分からないAIを信じた私がバカだった。

自首して、罪を償おう。

……という気持ちと、怖い、行きたくないという気持ちで葛藤するが、ひかりの足はノソノソと階段を登ってゆく。


あと一息で階段を登りきる。

ハアハアと肩で息をする。

すっかり薄汚れてしまった外套は中間あたりで脱ぎ、肩から掛けている。


ひかりは、足を止め、目を閉じる。

……酷い事故じゃありませんように。

覚悟を決め、階段を登る。


路面がひかりの顔の高さに来る。

フェンスの隙間から、恐る恐る道路の様子を見る。


……何かの焼ける臭いがする。

そして、何やら機械の部品のようなものが散乱している。

……ああ、やっぱり大事故だ!

気を失いそうになりながら、踏みとどまる。


頭をくらくらさせながら最後の段を昇り、緊急退避帯の扉を開ける。

風で一気に扉が開く。


そこには……肩に大きな銃を担いだ、若い男が立っていた。

ひかりが乗り捨てた車は、そのままだ。

ただしその周りには、飛行型と陸上型の治安ドローンがバラバラになって散乱して炎上し、黒煙を吐き出している。


「何だアンタ?そんなところから。

……それよりニューロリンクを外せ。」


男の持つ銃が、ひかりに向けられる。


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