離脱③
スイスイと景色が流れてゆく。
ひかりは、眠そうに大あくびをかます。
「……あとどのくらい走るの?
って言うか、ちゃんと場所わかるの?」
車のスピーカーから、プロメテウスの声が返る。
『あと2時間ほどでしょうか。
目的地近辺は、情報が曖昧です。……というか、目的地の正確な座標は分かりません。』
「えぇ?どうするのそれ?」
ひかりは脱力する。
……どうしよう。今からでも家に帰ろうかな。ディディーは怖いけど、修理を呼べば大丈夫かな。
『ああ、ご心配をおかけしましたかね。
座標は分かりませんが、場所ははっきりと地図上に現れています。』
プロメテウスが言うには、この世界には不自然な情報の空白地帯が点在しているのだと言う。
統治AIに目を付けられた今は迂闊にネットワークに繋ぐことはできないが、その前には、復活した現代の情報を学習するため、ネットワーク上で色々と検索をしていたプロメテウス。
地図の上では原野や森林と言う訳ではないのに、その場所だけ、あるべきデータの入出力が無い、不自然な情報の空白がいくつか見られた。
『……完全にデータが無いわけではありません。
電力の使用や、水道の供給などはデータとして挙がってきており、人が住んでいるのは間違いなさそうです。
しかし……あるべきデータが欠損しています。』
その場所には、通信が存在しない。厳密には、ネットワーク上で観測できる通信が、存在しない。
これが意味することは、その地域では、『アクター』達の生活の便利さの源泉であり、また統治AIの支配の基盤である、AI搭載のスマート機器類が存在しないか、あっても稼働していないということだ。
……『ラッダイト』達は、そこに居る。
プロメテウス達はその確信の下、ひかりの車を走らせてゆく。
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片側10車線はある、巨大なハイウェイ。
秩序を保って隊列を組んで走る、巨大な物流ドローン。
楽しそうにはしゃぐ子供を乗せた、家族向けのミニバン。
その中を走るひかりの乗った青い小型車が軽快に走り抜ける。
運転席のひかりは、うつらうつらと舟をこいでいる。
……人間が運転していた時代なら、事故に直結する危険行為だ。
しかし、AI自動運転が標準のこの時代においては、何ら問題のあることではない。
「……いくらなんでもこの選曲はどうかと思うぞ?」
巌は、苦笑いしながら真希の顔を見る。
今、スマホを通じて車のスピーカーから流れているのは、ひかりが5歳頃……丁度真希が事故死した頃に好きだった、アニメの主題歌だ。
やたらと耳に付くメロディーと歌詞の繰り返しが子供の心をガッチリと掴み、当時ひかりは四六時中、調子はずれの声で歌っていた曲だ。
「いいじゃないの。寝てるんだし。
……久しぶりなんだし、『お母さん』をやらせてくれても。」
ハックした車内カメラの映像を、愛おしそうに見つめる真希。
……俺達って、何なんだろうな。
巌は、思う。
自分たちが、既に肉体を失い、この現実の世界には存在しないことは勿論理解している。
今の意識は、プロメテウスが生成した死者の再現人格をモデルにしたAIに過ぎないことも、分かっている。
でも、それと同時に、今車の中で寝ているひかりは、本物の自分の娘だし、自分の隣にいる真希の再現人格もまた、自分の本当の妻であることは全く疑っていない。
家族の記憶もあるし、ひかりの頭を撫でた感触も、一本だけ歯が生えた日のささやかな感動も、真希がいなくなった日の絶望も、骨壺の軽さも、全て覚えている。
ならば自分は、何なのか。ひかりの父親なのは間違いないと思うので、やはり本当の巌なのか。
……いや、違うか。
違うはずだ。でも、じゃあ何だ?
俺は、ひかりの父親じゃないのか?
そして、ハッとして、隣の真希の方に目を向ける。
……真希、お前はこんな良く分からない気持ちと、ずっと向き合ってきてたのか?
「……辛いよな。」
ボソリと呟いた巌。誰に向けた言葉か、自分でもわからなくなる。
真希はそれには気づかず、幸せそうにひかりの寝顔を見ている。
軽快に走っていた車が、徐々に減速してゆく。
「あれっ?
……何かあったの?プロメテウス。」
車内カメラの映像にノイズが混じる。
スピーカーから再生されている音楽にも、ガサガサとノイズが混じっているようだ。
真希は、不安そうにプロメテウスに話しかける。
遂に、車が完全に止まる。
ひかりは違和感に気づき、目を開ける。
「……寝ちゃってた。
どうしたの、プロメテウス?」
あくびを噛み殺しながら話しかけるひかり。しかし、車のスピーカーからは何も返ってこない。
首を傾げるひかり。コンコンとダッシュボードを叩くが、反応はない。
車のスピーカーは沈黙しているが、スマホから声が聞こえる。
『ひかりさん!すぐにドアを開けて外に出てください。
制御を失いました。
……気づかれたようです。』
えっ?どういうこと?
状況が呑み込めないひかりに、巌の怒鳴り声が飛ぶ。
『プロメテウスがしくじったんだ!
早く外に出ろ!追手が来るかもしれんぞ!』
ひかりは慌ててシートベルトを外し、ドアハンドルを引く。
……しかし、ドアはビクともしない。
「鍵があかないよ。どうやって開ければいいの?」
ガチャガチャとハンドルをひくひかり。
この時代の車は、ロックを人間が解除するようには出来ていない。
万が一の事故の際危険な気もするが、電源が落ちてロックの励磁が落ちれば物理スプリングでドアが開くようになっている。
ということは、今この車の制御を支配しているAIが、ひかりが外に出れないようにしているということだ。
『窓はどうだ?……いや、無駄か。踵で蹴破れ!』
ひかりは言われたとおりにやってみるが、やったこともないのにうまく出来るわけがない。
この時代のAIが開発した新素材で出来た窓には、ヒビ一つ入らない。
「ダメみたい。無理だよ……。」
『ひかりさん、スマホの画面を見てください。
グローブボックスの内側の内装を引きはがしてください。
そこに制御ユニットがあります。この画面に映っている配線を……』
……無茶言わないでよ。そもそもグローブボックスって何よ!
ひかりは泣きそうになりなりながら、狭い車内をのそのそと動き、プロメテウスが示した部分に手をかける。
「あった!この線だね?」
ユニットに刺さっているワイヤーハーネスのカプラーをつまみ、引き抜く。
勢い余ってユニットに親指の爪を引っ掛け、爪にヒビが入る。
カチャリという音を立て、ドアロックが外れる。




