離脱②
「ちょっと、プロメテウス……。
アンタ、正気なの?ダメだよ、こんなこと!」
人気のない裏通り。
道路脇に佇む一台の車の前で、目深にフードを被ったひかりはスマホに向かって何やら話しかけている。
『持ち主が近くにいるようなのでキーが解析しやすいのですが……好みではありませんか?
あちらのセダンの方がよろしければ、それでも構いません。』
……だから、そうじゃなくて!
『お前が子供のころはピンクが好きだったのは分かるがな。
今は我儘を言っている場合じゃないぞ。
……ほら、青い車だ。カッコいいだろう。』
巌が茶化すように言う。
ひかりは、無視する。
この父親は、いつもそうだった。
ひかりが不安な時には、それを和らげようとしてか、バカなことを言う。
『あのね、ひかり……お父さん、バカな事言ってるけどね。
良心が痛むのはわかるけど、今はこれしかないの。
貴女の命がかかってるの。』
ひかりたちは今、この車を盗もうとしている。
『ラッダイトの里』に行く為だ。
先ほどプロメテウスが挙げた、AI統治に対する人類の第三の選択。
それが、AI統治を拒絶する層、『ラッダイト』だ。
『神の手』たるミクロ調整層を通じ、パーソナルAIノードの対話や、時には投薬と言った強硬手段で人間の心理に干渉して極力不満の出ないように統治してきた、モイライにハックされる前のアーティクル・ナイン。
大抵の人間はAIの統治を受け入れ……というよりは統治されていることを意識すらしなかったが、一部の層が疑問を持つことは防ぎようがなかった。
それでも、疑問を持ちながらも『アクター』としてこれまで通りの日常生活を送るか、『ニート』として世捨て人になってくれるなら、まだいい。
長い時間をかけて干渉し続け、考えを改めさせることが出来るし、そうならなくとも社会には何ら影響がない。
……問題は、AIノードの物理破壊行動などの、暴力的な抵抗をする層だ。
一人や二人なら、治安ドローンで強制排除して対処することが出来る。
厄介なのは、これら『ラッダイト』が団結して、集合した場合だ。
掃討できるかと言えば、できる。
ただし、内乱のようになり、社会は荒れる。他の『アクター』や『ニート』にも波及する。
そして、その後社会を立て直し、荒れたアクターやニートのケアをするコストを考慮すると、掃討作戦はとても割に合わない。
だから、各地には、『ラッダイトの里』と呼ぶべき、ラッダイト達の集まるエリアが点在している。
この『里』は、ラッダイト達には安全地帯であり、またアーティクル・ナインにとっても、ここに籠って大人しくしてくれる分には何ら問題のない、ラッダイトの隔離場所。
アーティクル・ナインはその境界からラッダイト達が外の世界に干渉しないようにだけ気を付け、その気を起こさないよう物資や電気の供給などはしていたし、またラッダイト達もまたアーティクル・ナインの監視が里の中に及ぶことの無いよう、ネットワークを物理的に断って生活していた。
ひかりは、ため息を吐く。
「もう……わかったよ、窃盗犯にでも何でもなるよ。
死んだはずの親に泥棒になれって言われるなんて、思ってもみなかったよ。
……で、どうすればいいの?」
言うが早く、カチャリとドアロックが開錠される。
ルームランプが灯り、ひかりの顔を映し出す。
『それではひかりさん。
運転席に座ってください。
あとは私が目的地までお連れします。』




