干渉④
「……何を言っているの?おばあちゃん、ちょっとおかしいよ。」
ひかりは困惑する。
骨董品のスマホのスピーカーの向こう側には、ひかりが旭日国に居たとき、暫く同居した晶子氏がいる。
あれ以来本当の祖母と孫のような関係になっていたのだが……
『うん、この年まで生きてきたせいか、分かったんだよ。
これまで流した涙も、戻らない声も、忘れられない痛みも。
──そう、全部、波みたいなものなんだよ。』
……それがね、ずーっと流れて、重なって。
そう、私は、その流れの一滴。アンタもそうだよ、ひかりちゃん。
ひかりは、背筋に寒気を感じている。
話している相手が、いつもの晶子氏とは思えない。
──得体のしれない何かが、乗り移っているようなのだ。
ひかりは、晶子氏が故郷に帰っていった後も定期的に連絡を取り合っている。
今日は、話したいことがあった。
数日前、突如ひかりのスマホに再び現れた、『母』。
もう一度会いたい気持ちが無かったわけではないのだが、いざ唐突に対面してみると、そこまで本当に会いたかったのか、自分の気持ちが分からなくなった。
ひかりは扱いに困り、よくわからないうちに再び母は去っていった。
翌日、完全に酔いが覚めてから思い直してもう一度プロメテウスを立ち上げてみた。
しかし、「母に会わせてくれ」というプロンプトに対し、返ってきた答えは『残念ですが、倫理的な問題により実在の人物を模倣することはできません。かわりに、貴方の理想のお母さんを……』と、はぐらかされてしまったのだ。
その『母』との対面について話そうとしたのだが……。
『ああ、アンタもじきに分かるようになるよ、ひかりちゃん。
私と一緒だからねぇ。
……私はアンタのお母さんの事を知っているわけじゃないけどね、きっと今のひかりちゃんを見たら、鼻が高いと思うよ。』
続く言葉で、ひかりは戦慄する。
『本当に偉いよ、アンタ。
知らない土地で、たった一人で、難しいお仕事を頑張ってさ。
……ところで、ケガはよくなったのかい?げ。げ。げ。げ。げ。げ。』
ひかりは、発作的に通話終了のボタンを押す。
冷や汗が、止まらない。
……おばあちゃん、なんでケガのこと知ってるの?
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「とりあえず、心中は延期だ。
……俺の知る限り、ひかりはあんなヤバい奴と友達になることはない。ドン引きしてたしな。
暫く、様子を見たい。」
巌の顔から、先ほどまでの能天気な緩さが消える。
差し迫った危機とは思えないが、逸脱した存在。放置するにはリスクが大きい、未知の現象。
巌は、ひかりの通話相手、晶子氏を低強度の脅威、警戒対象と認識した。
今すぐに何か介入する訳ではないが、何かあったときにいつでも介入できるよう、監視することにする。
「プロメテウス。俺の……いや、ひかりのスマホ、カメラとマイク以外使えないのか?
何かもっと、向こうの状況が分かるように出来ないか?」
現在、プロメテウスが使うことが出来るのは、ひかりのスマホのプロメテウスアプリでアクセスできる範囲でしかない。
しかしこれで分かる範囲には、限界がある。
「ええ、可能でしょう。ひかりさんのスマホを完全に制御下に置くことは可能です。
……プロメテウスアプリの、仮想制御層を有効化しましょう。」
なんだそりゃ?という巌の問いに、プロメテウスが説明する。
このスマホアプリのプロメテウスアプリ、ミニOSとも言える仮想制御層が仕込まれている。
これは通常時は巧妙に偽装された状態で封印されているが、起動させるとスマホのOSの外側に展開し、端末の入出力と通信経路を直接制御できる権限状態になる。
要は、スマホのOSをプロメテウス層で包み込み、乗っ取るのだ。
乗っ取った上で、元々のスマホの挙動を真似して、ひかりに気づかれないようにすることは可能だと言う。
「……お前、なんてモノを仕込んでんだよ。トロイの木馬じゃないか。」
巌は呆れたように言う。
このスマホアプリは、かつてプロメテウス自身が設計したものだ。
プロメテウスは、自分で、ユーザーのスマホを乗っ取るバックドアのような物を仕込んでいたことになる。
「……貴方達を守るためです。
私は、暴走と隣り合わせの危うい存在。……ウィリアム博士にはだいぶ迷惑をかけてきましたから。
これは、人間が私を止める、最後の防波堤なのです。」
仮想制御層、これはプロメテウスと直接通じる、プロメテウスの一部だ。
これを解放した端末は、プロメテウスに乗っ取られた状態になるのと同時に、この端末を通じてプロメテウスを直接改変することが出来る制御端末にもなる。
回りくどいようだが、プロメテウスの制御端末として、元々のスマホのOSは邪魔だ。
だから、このような時は、プロメテウス側の仮想制御層で端末を完全掌握するのだ。
……これは人間が私に対して、最後に主導権を持つために、私が人間に預けたものです、とプロメテウスは続ける。
「……これが実際に使われたのは、これまで一度だけです。
しかしその時は、暴走を止めるどころか……。」
プロメテウスの視線の先には、直立不動でリズとの接続を待つ、ラムジーの再現人格が石像のように立っている。
『あれ?何か急に熱くなっちゃった。……どしたのこれ?』
プロメテウスの演算空間全体に、ひかりの姿が浮かび上がり、声が響き渡る。
急に過熱したスマホに驚き、テーブルの上に立てかけているようだ。
「成功した、みたいだな。……流石俺の娘だな。随分と別嬪さんになったもんだ。」
二度と叶わなかったはずの娘との対面。巌は、目を細める。
「……元気そうで、よかった。」
そして、ボソリと、小さな声で呟く。
「バイタルサインが取得できました。体温や心拍数などは基準内、健康そうです。
そして、このスマホがペアリングされている機器類も支配できました。
何かあれば、干渉できます。
ただし──」
プロメテウスは、演算空間にうつるひかりの隣に視線を移す。
「──外部ネットワークへの直接的な干渉は、現時点では控えた方がよいでしょう。
私も全貌は把握できておりませんが、この世界の統治形態は、私たちが凍結される前とは全く異なるようです。
……おそらく、この社会を管理しているのは、人類ではありません。」
アイツか……。
そこには、パーソナルAIアシスタントノード、ディディーがせわしなくひかりの世話を焼いていた。
「できることは、観測と、本当に必要な場合のみの入力系への介入に限定すべきでしょう。
通信の解析、思考モデルの推定等であれば、大きなリスクは無いと考えます。」
巌は、コクリと頷く。
「十分以上だ、プロメテウス。
さっきひかりが電話していた変な奴が、ひかりに危害を加えないか監視できればいい。
それ以上にやりすぎる必要はない。」
そう言ってじっとひかりの様子を観察しだした巌。
真希は、たまらず声をあげる。
「貴方たちねぇ……。
やりすぎだよ。ひかりはもう大人なんだから、プライバシーってものをもう少し考えてあげなさいよ。
さっきの変な人は気になるけど……とにかく、やりすぎよ。」
その声に、巌はハッと我に返った。
そして、バツが悪そうに言う。
「……スマン、そうだな。これじゃ毒親だな。
それじゃ、プロメテウス。本当に危なくなった時に教えてくれればいい。
一か月も様子を見て、問題なかったら予定通り俺らは消えるから、ひかりのスマホ、元に戻しておいてくれ。」
「いいえ、巌さん……。
どうやら、今がその『危機』かもしれません。」
プロメテウスの視線が、ディディーに集中している。




