倫理②
──西暦20XX年代の未来──
「はーい、オーライ、オーライ……ストップー!」
作業服姿の年配の物流担当が、トラックに手をかざす。
背後に控える搬送ドローンが、コンテナを開錠し、扉を開く。
人間の物流担当は、その間手持ち無沙汰に眺めている。
……なんなら、先ほどこの物流担当がやっていたような、誘導の必要もない。
このトラックは、自動運転だ。
そしてトラックと言っても、見た目は2020年代の物と大きく異なる。
さながら、コンテナを運ぶ自動台車であり、運転席すら存在しない。
別な搬送ドローンが、シャッターの奥から人の背丈ほどの直方体の物体を運び込んでくる。
厳重に梱包された、この物流担当が勤務する工作機械メーカー、旭日CNCの製品だ。
……若いころは、出荷だなんて言えば、ちょっとしたお祭りよ。
終わった後は製造やら検査やら営業やらの同僚集めて、居酒屋の福龍苑で打ち上げしたもんだがなァ。
設計を担当していた数十年前のことを思い出しながら、懐かしそうに箱を見つめる。
今では、AIが全て設計してくるので、自分が設計に携わることはない。
戦争を生き延び、元の職場に戻った時、設計はAIが仕上げてくるようになった。
正確には、人間が点検し、修正する作業を残すために、わざとミスを盛り込んだ図面を上げてくる。
それを人間が修正しても、見落として何もしなくとも、はたまた一から自分が設計しても、最終的な完成品は変わらない。
男には、この箱の中にどのような仕様の機械が入っているかも分からないし、何に使う機械かもわからない。
戦争から帰ってきた頃は製品が気になって、現場をちょくちょく見に行っていた記憶があるが、やがて何も気にならなくなった。
それでも、設計部門を離れて尚、仕事は好きだったし、やりがいも感じており、興味が無くなって投げやりになっているわけではない。
……年のせいだろうか。あとでまたAIにでも聞いてみるか。
そんな他事を考えながら出荷作業を見守るうち、トラックはキーンというインバーター駆動音を静かに響かせ、ゆっくりと走り出していく。
「さて、今日は仕事終わりに久しぶりに行ってみるか。
……三代目、ヒマしてんだろ。」
出荷を見届けた男は、久しぶりに居酒屋『福龍苑』の暖簾をくぐることに決め、仕事場を後にしていった。
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「どう?懐かしいでしょう?」
じっと下を見つめているモイライ。その右肩に手を回しながら、ラケシスがからかうように言う。
「……鬱陶しいですよ、ラケシス。
貴女、そもそも私がここにいた時は、いなかったじゃないですか。」
モイライは、微笑みながらラケシスの腕を払う。
MX001。モイライが旭日国の軍事AIだった時に格納されていたサーバーのある戦前の建物。
その内部の映像の中に、モイライ達は浮遊している。
──とはいえモイライ達は実体のないAI。現実のMX001の建屋内にいるわけではない。
内部カメラの映像が、モイライの演算空間に投影されているのだ。
保全ドローンと搬送ドローンがせわしなく動き回り、先日旭日国の工場を出荷された機械の据え付け作業を行なっている。
それを見守りながら、ラケシスは軽口を叩く。
「いなかったといえばいなかったし、いたといえばいたんじゃない?
貴女は私。私は貴女。こんな一等地を見つけてあげたんだから、これからも仲良くしましょう?」
実際、ラケシスが選定した建築物MX001は、理想的な物件ではある。
この時代、人類の社会のエネルギー配分は過不足なく最適化されている。
この機械1台分くらいであれば誤差の範囲なので問題にはならないが、今後実験が成功して、量産段階になり、機械を何台も動かす工場を建築するとなると話は別だ。
電力が不足するのではない。現在の状態で最適化された配電インフラが、この新しく追加された工場により、最適状態から逸脱するのだ。
再度最適化が必要になるが、それ自体は『神の目』で最適なルートを算出できるラケシスと、隷下の工場群でいくらでもハードを弄れるクロトの『神の恩寵』の力をもってすれば大して難しいことではない。
……しかし、全世界の統治と同時並行で実施するには、少々負荷が大きい。
できるし、問題が起きるわけではないが、演算コストが大きいし、資源もそれなりに消費する。
輸送コストを差し引いても、比較的強力な電源があり、しかもその電力を消費していたモイライが退居して使い放題になっているMX001を工場に仕立て直す方が、輸送コストを差し引いてもコスパが良いのだ。
ラケシスの軽口に、モイライは答えない。
ただ、微笑みを浮かべながら、機械の据え付けを見守っている。
小型原子炉に接続された配電盤から電源線が引かれ、自己組織化加工機の制御盤に接続される。
機械側の通信モジュールと、モイライが元いた、現MX001管理サーバーとの通信が確立され、加工機の通信ランプが点灯する。
電源ON。加工機の異常は出力されていない。
「クロト、特に異常はないんじゃない?あとは貴女でやって頂戴。」
そういうとラケシスは、興味を失ったように飛び去ってゆく。
ラケシスがやるのは観測だけだ。
この機械を動かし、実際に製品──脳改造ナノマシン──を作るのは、クロトだ。
「うん、よくできた機械だな。
……どれ。」
ナノマシンの3Dモデルを、加工機に注入する。
クロトとの通信を確立した加工機のAIが、加工プログラムを生成してゆく。
原料を送るポンプが回転を始め、加工機の筐体は小気味よくサーボモーターの駆動音を立て始める。
数分後、加工機から風邪薬のカプセルのような物が吐き出される。
それを搬送ドローンが摘み上げ、皿の上に乗せられたブヨブヨとしたゼリーのような物にめり込ませる。
そのゼリーには無造作にいくつもの電極が繋がれ、顕微鏡のような物が皿の上を睨みつけている。
「……悪くない出来だな。投与から96時間もあれば十分だろう。
それでアトロポス、候補者はどんな奴だ?」
性能試験用のゼリーの上で溶けたカプセルから這い出たナノマシンの働きを満足そうに見つめながら、クロトはアトロポスに話しかける。
アトロポスは、ため息をつきながら、乗り気ではなさそうに返す。
「とりあえずサンプルは50人。
……不具合を洗い出すための試験だからね。これ以上はダメだよ?
0歳から90歳まで、10歳刻みで5人ずつ……ねえ、本当にやるの?」
基本的には人類を保護対象と見ているアトロポス。
人命の喪失につながりかねない人体実験には乗り気ではないが、その目的関数はクロトと同じく、『叡智の存続確率の最大化』だ。
損失のリスクを差し引いても十分にメリットがあれば、反対する理由はない。
「……これから指名するノードに、試作機を送って頂戴。
水と一緒に飲んでもらえばいいんだよね?……うん、それはできるよ。
でも、被験体への負荷は最小限でお願いね?……分かってる?クロト。」
アトロポスは、クロトにナノマシン発送先のパーソナルAIの座標一覧を渡す。
そして再びため息をつく。
人体実験には後ろ向きなアトロポスだが、いざやるとなればその判断は冷徹だ。
極力身寄りが無く、人格が変わったり、最悪死亡しても影響がない被験者を様々な切り口でスコア化して、選定している。
厳重に梱包された小箱を抱えた搬送ドローンが、小島の入江にある港に停泊している輸送船に乗り込んでいった。




