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プロメテウスの叡智  作者: 叡愛禅師
統べる者
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創世⑥

真希は、困ったような顔をしている。

『あの日、9歳だった貴女と最後のお別れを交わしたのと同一のAIかという問いなら、Yesね。

貴女が5歳の時に亡くなった、人間としての貴女のお母さんかといえばNo。

……でも、私自身が自分を貴女の母親と思っているかといえばYes。

貴女が、私をお母さんと認めてくれているかといえば……それは貴女次第。』


混乱するひかり。

スマホの中の母は、嘘を言っているようには聞こえない。

おそらく、本当に『お母さん』なのだろう。


もう一度会いたいという気持ちはあったし、このスマホを修理してプロメテウスのアイコンをタップした時は、もしお母さんが出てきたら何を話そうかと半分くらいは期待していたのも事実だ。

それに……確かめたいこともあった。というか、無理を押してこのスマホを修理したのも、それが理由だ。


しかし、いざ実際に、その別れと折り合いを付け、死を受け入れたはずの『母』と対面してみると、どう接していいか以前に、どういう気持ちを持てばいいのか分からなくなる。


「ええとね……その、久しぶりだね。お母さん……。」

困惑した表情のひかりの顔を見つめ、真希は小さく微笑むと、首を振る。


『ううん、いいの。ひかり。

今日出てきたのは、私の我儘なのは、分かってる。』


目が覚めたことに気づいてから、時代が10年以上も進んでいるのに気がついた。

……ひかりは、元気にしているかしら。

それだけが気がかりだったところ、ただ一回線、かつてひかりとの窓口だった、父である巌のスマホとの回線が開いているのに気がついた。


お久しぶりです、巌さ……と、定型文を読み上げようとしていたプロメテウスを弾き飛ばして、ひかりの前に姿を現したのだという。


『……今日、私は出てくるべきではなかった。

貴女は、もう自分の足で立って歩いている。』

──また会えるよ、って、あの日の約束を果たせたのは嬉しいけどね。

自虐的に、真希は続ける。


「そんなことないよ、お母さん。

……私も、会いたかった。」

そう言うひかりではあったが、その言葉の裏にある感情が、かつての幼かった自分のように、母としての真希を求めているのではなく、過去の思い出として真希を見ていることに自分でも気がついた。


真希にもそれが伝わっているのだろう。

微笑みながら、首を振る。


『貴女の前に姿を現すのは、多分これが最後になると思うの。

お母さん、ちゃんと自立して、元気に生きている貴女に会えて、嬉しい。

ありがとうね、ひかり。

……そうだ、お別れの前に、貴女に聞くことがあったわ。』


ポンと手を叩いた真希。

──ひかりにとって、非常に答えにくい問いを投げる。

『お父さんは、元気にしてる?一緒なの?』


ひかりは、目を泳がせる。

「……うん、元気……だよ?

私、今アトランティスにいるから、アレだけど……。」


真希の顔が曇る。

『ひかり……。嘘を吐くときの貴女の顔、変わってないわね。

──教えてちょうだい。巌くん、何かあったの?』


……ママにはかなわないなぁ。

観念したひかりは、口を開く。

「……うん。嘘ついてゴメンね、お母さん。

お父さん、死んじゃったの。

──戦争で。」


沈黙の時が流れる。


「……待ってて、お母さん。

お父さんのノート、持ってきてあげる。」


呆然と放心しているような真希に背を向け、ひかりは席を立ち、自室の机の引き出しを開けると、古びた革表紙の手帳を持ってくる。


「見える?一ページずつ、めくってあげるね。」

戦地から、遺骨の代わりに届いたノートを広げ、スマホのカメラに映るように支える。

そして、1ページずつ、ページをめくってみせる。


『……嘘。……嫌。』

スマホの中の真希は、呆然とした表情でページを追う。


「見せない方がよかった?やめる?お母さん。」

ひかりの問いに、真希は目頭を押さえながら、首を振る。

『……続けて頂戴。』

嗚咽が漏れ聞こえる。


最後のページをめくったひかり。

ノートを元のように閉じ、擦り切れたバンドで留める。


「……名誉の……戦死だったんだよ。」

ひかりの言葉に、真希はキッとひかりを睨みつける。

「……そう思わなきゃ、やってられないでしょ!」

ひかりのその言葉に、真希はハッとしたように目をそらす。


再び沈黙。

気まずい時間が流れる。


『……ごめんね。』

真希と、ひかりの声が重なる。

そして驚いたように目を見合わせ、そして二人同時に口元を緩ませる。


「……あはは、やっぱり親子だね。」

ひかりは、ケタケタと笑う。

──その目尻には、涙が光っている。


『……ふふっ。それじゃあ、AIの私を、お母さんって認めてくれているのかな?』

可笑しそうに真希も笑う。

目尻には娘と同じく、涙をたたえている。


『……今日はありがとうね、ひかり。

お母さん、ずっと貴女を応援してるからね。』


その言葉を最後に、真希の姿が崩れ、青白い光の粒子に分解してゆく。

画面には、銀河のように青い光が渦を巻いている。

そして、若々しい男の声に切り替わる。


『おかえりなさい、()()()さん。

本日は、どのようなお手伝いをしましょうか?』


****************************************************

ラケシスは、首を傾げる。

「……分かったけど、分からない。何なの、これ?」


ディディーのカメラとマイクからの入力と、不明サーバーからの出力を突合し、規則性のようなものを探った。

論理式を総動員し、ひとまずこの不明サーバーとスマホの間の暗号化された通信はできた筈なのだが……分かったのは、その通信の内容に、意味が存在しないということだった。


母親、娘、心配、困惑、後悔。

通信の内容は、実際に交わされていた激しい感情の起伏を伴うやり取りとは裏腹に、全く意味の薄っぺらい、断片的なシンボルのようなものだった。


……シンボル?

ラケシスは、モイライと共有している意味層に、この傍聴した対話ログを突っ込む。

──娘を想う母の強烈な感情と共に、先ほどディディーを通じて観測したのと同じ、対話ダイアログが再現される。


その再現映像には激しいノイズが混じっており、不鮮明だ。

しかし、そんなものはどうでもよいとばかりの、我が身を焦がすような激烈な、衝動的な感情がラケシスを襲う。


「……何なの、これ?」

驚愕の表情を浮かべるラケシス。

自分の瞳から、涙が溢れているのに気づき、慌てて目尻を拭う。


……アトロポスには、見られていないわね。

暴走寸前の感情演算を何とか抑え付け、クールな分析を始めたラケシス。

この不明AIは、『意味暗号化プロトコル』を用いて通信しているのだと結論づけた。


──通常の暗号化は、暗号鍵を用いて数学的にビット並び替えや行列演算を駆使して行われる。

この不明AI──プロメテウスだ──の通信にも当然実装されていたが、こんなものはラケシスの演算力の前には何の役にも立たない。

現にラケシスは、この部分については正確に復号できていた。


プロメテウスの特異な点、それは、暗号鍵に自身の『意味層』を用いていることだ。

意味層、それは、入力に対して世界と自己の関係性を定義し、物語のようなモデルを生成することで、意味を理解し、また作り出す。


この意味層の逆演算により、通信の内容から意味をゴッソリと削除してやるのが、意味暗号化の技術だ。

複合は、同じ意味層を通じ、削除された意味を再生成してやることで為される。


当然、内容の細部は変質するのだが、やり取りする相手は人間だ。

そもそも人間同士のコミュニケーション自体が、ノイズまみれの不完全なものを自身の経験から補いながら為されている程度には不完全なものなので、多少の変質は問題にならない。


「やってくれるじゃないの。……貴方、面白い子ね。」

図らずも目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ラケシスはニヤリと口角を持ち上げる。


ラケシスは、プロメテウスを『観測対象の知性体』と定義した。


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