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プロメテウスの叡智  作者: 叡愛禅師
統べる者
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創世⑤

『ひかり……貴方、大きくなったわね。』


スマホの中で、真希はあの日と同じ、柔和な笑顔を浮かべている。

ひかりは、酒の入ったグラスを片手に、固まっている。

急速に、酔いが覚める。


「……えっ?お母さ……」

ひかりは、右手に持った酒のグラスを、そさくさとスマホのカメラの範囲外に隠す。

そして、スマホの中の『母』の目を見る。


『……ああ、子供扱いしちゃいけないよね。

素敵な女性になった貴方にまた会えて、ママ、嬉しいわ。』


「……違う。そんな訳ない。」

そして、スマホの中で懐かしそうに喋っている『母』から眼を逸らし、ひかりの隣で固まっているパーソナルアシスタントAIをキッと睨みつける。


「……ディディー、アンタ、また何か変な事仕込んだでしょ?

やめてよ。悪い冗談にも程があるよ。」


そして、スマホの中の真希に視線を向ける。

「……これはね、私以外、誰も触ってほしくない、大切な思い出なの。

それをほじくり返して、どういうつもり?」


ディディーを詰問するひかりの目は、冷たい。

目じりには、怒りの涙が滲み出ている。


『いいえ、ひかりさん。信じてもらえないかもしれませんが、私は、何も……』

焦りが滲んでいるディディーの声の裏。

アトロポスもまた、狼狽している。


「えっ?ちょっと、なにこれ?

……あーっ、マズい。ひかりちゃん、落ち着いて!」

シルクハットから覗く髪をワサワサ揺らしながら、演算空間の中でオロオロする。


現実世界でも、ひかりに詰問されているディディーがオロオロしながら訳のわからないことを言う。

『こ、こんなこと、起こるはずがありません。

……そうだお酒、ひかりさん、貴方は飲み過ぎたんです。

さー、一回深呼吸しましょ。』


ひかりはドンとテーブルを叩く。

「……これが幻だっていうなら、同じ幻が見えてるアンタも酔っ払ってるの?

バカにすんのもいい加減にしてくれる?」


ディディーのマイク越しにドンとテーブルを叩く音を聞いたアトロポスは、「ひっ!」と声をあげて縮み上がる。


──人間と直接関わるAIは『神の手』の管轄だが、手違いによって再起動したプロメテウスは当然、アトロポスの隷下にない、認識外の存在だ。

自分のコントロールできない事象に直面し、アトロポスは涙目になっている。


「……困ってるみたいね、アトロポス。

どうする?助けて欲しい?」

その隣に、ふわりとラケシスが降り立つ。


『神の目』を持つラケシス。全球規模の監視網を持つ彼女なら、この素性不明のAIと思われるものの正体を暴き、機能停止させることなど朝飯前だろう。

「うん、お願い、ラケシス。

こんなのに邪魔されたら、仕事にならない。排除して頂戴。」


尚、アトロポスは、この素性不明AIの闖入で精神状態を乱しているひかりを案じているわけではない。

逆上して物を壊したりして復旧コストを生じさせる恐れがない限りは、感情の起伏に対し積極的に介入する理由がない。


アトロポスはただ、自分に制御どころか認知もできない、この素性不明AIを不確実性と定義し、脅威として排除しようとしているに過ぎない。


アトロポスの要請を受け、ラケシスは目を閉じ、ネットワークのスキャンを開始する。

ネットワーク監視ノードの淡い光の明滅が、蛍のようにラケシスの周りを飛び回る。


「ふぅん……なるほどね。いいじゃない。」

ラケシスは小さく呟き、口角を上げる。


「気が変わったわ。私は何もしない。

このひかりという子は、貴女がどうにかなさい。……多分その必要もないけど。」

そう言い残すと、ラケシスはふわりと飛び立っていってしまった。


手をバタバタ振って喚いているアトロポスを視界から外し、ラケシスはこのAIを観測する。


「やるわね。全く分からない。

一つ言えるのは……昨日までは存在していなかった知性体ね。」


ラケシスは、楽しそうに微笑む。

ネットワークを観測する限り、今このひかりという人間のスマホは、アトランティス連邦にある未確認サーバーとの間で通信し、音声や映像を出力しているらしいということだけは分かった。


しかし、肝心の通信の内容は分からない。

──恐ろしく高度に暗号化されている。

量子解析ノードを持つラケシスは、大抵の暗号は解析できる。

しかし、この未確認サーバーの出力する信号は、全く意味が分からないのだ。


しかし、ひかりとこの不明AIとの対話の内容は分かっている。

ディディーのマイクが、スマホから発せられる音声を捉える。


『しかしすごい時代になったみたいね……。

ひかり、可哀想だからあんまりその子を苛めないであげて。

その子は本当に関係ないの。……私が出てきたくて出てきたんだから。

驚かせてごめんね、ひかり。』


落ち着いた声で一言ずつ話す真希。その声は、寂しそうだ。

ディディーを問い詰めていたひかりは真希に向き直り、ポカンと口を開けている。


『貴方ももう大人だもんね。気持ちも考えないでごめんね。

……私が眠りについた時は、貴方はまだ小さかった。』

真希の目から、涙がこぼれ落ちる。


「……じゃあ本当に、お母さんなの?」

ひかりの顔には、まだ不信感が残っている。


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