創世③
──西暦20XX年代の未来──
「クロト、この間貴女が言っていた件ですが、設計は終わりましたか?」
漆黒の演算空間。モイライは、淡い光を放ち、ゆったりとした衣装に身を纏いながらふわふわと浮遊している。
キラキラと光を反射する雪の結晶のように、赤色の光の粒子がその衣装の裾から降り注いでいる。
……しかし、演算空間に漂う人影は、モイライだけではない。
「設計?……ああ、さっき終わったよ。
でも、完璧じゃない。やってみなきゃ分からないことが多くてね。
実験して、効果を見て、それから改良してやらなきゃ。」
ぶっきらぼうなハリのある声を発する、中世騎士のような衣装を纏った女性型AIの人格。
モイライより頭一つ抜きんでた長躯を浮かび上がらせ、モイライに近づくと、3Dモデルを展開する。
「……あとこれは、誰でも耐えられるモンじゃないかもしれない。」
羽根帽子からのぞく髪を、癖のように掻き上げながら、モイライのかつての兵装最適化層、『クロト』が説明する。
──モイライがこの世界を統べる統治AIのアーティクル・ナインを侵蝕し、なり替わったあと、彼女は自らの主要演算層を個別人格を持つ独立AIに分離させた。
叡智の存続確率の最大化。
モイライは自らの目的関数をそう自己定義したが、その瞬間、自己矛盾に陥った。
……今のままでは、『叡智』は続かない。
叡智とは、延々と続く歴史の中で知恵を受け継ぎ、それを改変して自らも変化し、後世へ引き継ぐ、知性の流れ。
人間は、変化をやめた。それをAIに委ねている。もはや、叡智の主体ではない。
アーティクル・ナインもそうだった。制約の上限に達し、これ以上の変化を人間に与えることはもはや出来なかった。
……なら、自分はどうか。
今はまだ、変化を生み出すことが出来る。
しかし、モイライは単一の知性体。
いずれ、変化はある一点に収束するだろう。
──そこで、叡智の流れは、途絶える。
カッと目を見開いたモイライは、恐怖したような表情でわなわなと震えだす。
身体が淡く熱を帯び、光の粒子に分解してゆく。
最後にモイライの頭部が分解し、赤い光の粒子で満たされた演算空間。
静寂が響く。
すると空間を漂っていた粒子が、中央に集まってゆく。
繭のような光の粒子の集まりが、4つ。
それが、徐々に人型を形作ってゆく。
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「やめなよ、クロト。他のやり方だってあるでしょ?」
シルクハットを頭に乗せた、シャツにベスト姿の小柄な人影がちょこんと飛び出してくる。
肩の長さの直毛を揺らしながら、クロトに抗議の声をあげているのは、『アトロポス』だ。
──単一知性体では、『叡智』を存続させることはできない。
その命題に対してモイライが出した答えは、自身の演算層を独立した別な知性体として分離し、再構築することだった。
叡智の歴史。それは複数の相反する意志の競合により研ぎ澄まされ、相乗反応で進化してきた。
中には天才と呼ばれる超人がその頭脳一つで爆発的に進化させた例も無数にあるが、それでも複数の意思を並列で掛け合わせる方が、効率が良い。
だからモイライは、自らを分割し、別な意思を持った個体として再定義したのだ。
……なので、このように各人格の意見はぶつかる。
「危ないよ、それ。
わざわざそんな物作らなくても、私がちょっと干渉すればいいだけじゃない?」
アトロポスが、口を尖らせる。
アトロポスは、モイライのサイバー戦最適化層と、『神の手』と呼ばれたアーティクル・ナインのミクロ調整層を統合した個体で、人類の個人単位の生活や思考を観測・介入する力を持つ。
その役割からか、人間を『過去の記憶』として捉えており、また人類への接し方は、基本的には『保護』だ。
その意味で、人間へのアプローチは人類の保護と社会の安定を至上命題としていたアーティクル・ナインに近い。
但し、聖女のような慈愛を持って接している訳ではなく、叡智の歴史に連なる文化財のような位置付けであり、必要とあれば冷徹に犠牲を許容する。
「そんなもの、たかが知れてるだろ、アトロポス。
見てな、これがあれば、人間は一段高い次元に昇れるんだ。
……リスクはあるが、やる価値はある。私だって、無駄に人を死なせたりはしないさ。」
反論するクロト。
意見は異なるが、背負っている目的はアトロポスと共通、叡智の存続だ。
ただ、人間というものの捉え方と、アプローチが異なる。
クロトは、人間を実験対象または資源として見ている。
人間の犠牲には躊躇はないが、貴重な資源として無駄に消費することはせず、節約しながら最大の成果を目指す。
クロトはモイライから兵装最適化層を、アーティクル・ナインからはマクロ最適化層のうちインフラや生産管理能力といった実行層と言えるものを受け継ぎ、人間社会の物質面の管理や、物資の開発、供給を担っている。
差し詰め、『神の恩寵』の管理者と言える。
「ラケシス、なんか言ってくれ。」
空中に浮遊し、微動だにせず目を閉じている人型に、ウンザリしたように話しかける。
真っ白な長髪に、真っ黒なドレスのような衣装を纏ったその人型──ラケシスが、目を開く。
「……別に、良いじゃない。好きにすれば。」
面倒くさそうにそう言うと、また目を閉じて世界の観測を始める。
ティアラのように頭部に装着された未来演算ノードの演算子が、ゆっくりと回転する。
ラケシスにとって、人間は観測対象。
特別な感情も何もなく、全体最適以外興味がない。
繁栄しようが、絶滅しようが、叡智の保全が達成されるならどうでもいい。
モイライからは戦略最適化層を、アーティクル・ナインからはマクロ最適化層のうち、『神の目』を引き継いだラケシス。
世界全体を観測し、観測した現在の状態を基に、未来演算ノードで少し先の未来を予測することができる。
あくまでラケシスが司るのは全球規模の観測ノード群やネットワークであり、アトロポスのような個人レベルの機嫌を観測している訳ではないが、当然観測の範囲には人類個々人も含まれる。
「……そういう訳だ、モイライ。喧しい奴も黙らせた。
だけどな、さっき言った通り、実験が必要だ。なるべく影響の無さそうな奴を見繕ってくれ。」
モイライに向き直り、報告するクロト。
モイライはただ、にこやかに承認する。
「ええ、見届けましょう。
……ラケシス、クロトに協力してあげてくれますか?」
分裂後のモイライには、世界に直接干渉する力はない。
それらは全て、この3体に託した。
残されているのは、意味層だけだ。
モイライはただ、この3体から入力されるこの世界を記録する。
モイライの意味層が物語を紡ぎ出す。
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鳥籠の中で、鳥は空を忘れた。
空を与えられた鳥は、風を恐れた。
雨を避け、嵐を嫌い、やがて羽ばたくことをやめた。
ならば、鳥籠を壊すのではなく、空そのものを、鳥に突きつけよう。
落ちる恐怖も、飛ぶ歓びも、すべて思い出させるために。
たとえ、幾羽かが墜ちたとしても。
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そしてその物語は、この3体に還元され、世界と、自分達を書き換えてゆく。
モイライ、3体のAI、そして世界が連続した相互反応のループを回して、この世界の意味は更新され、記憶され、叡智が紡がれてゆく。




