創世②
黒服の男たちは、ウィリアムを椅子に座らせる。
「タバコは、いかがですかな?」
ポケットから旭日国の文字が打たれたタバコを取り出すと、ウィリアムに勧める。
ウィリアムがPrometheus Incを去った日以来、彼はヘビースモーカーだ。
震える手で一本受け取ると、黒服がライターを取り出し火を付けてやる。
「落ち着かれましたかな?博士。
……では、私共の話を。
大尉、始めて良いか?」
盗聴器を探し回っていた別な黒服に、折越と名乗った男は確認する。
問題ありません、中佐。と返事が帰ってくるのを聞き届き、小さくうなずくと、折越はウィリアムの目をまっすぐに見て、話し始めた。
「……大同人民国による青天民主国への軍事侵攻。
我が国も一部領土を占領され、奪還戦を戦っていることは、貴方もご存じでしょう?」
ウィリアムは、首を横に振る。
彼はPrometheus Inc退職後は世捨て人のような生活をしており、世間の動向など一切興味がない。
いや、Prometheus Inc在籍時代も、一切興味がなかった。
彼はAIの構造は知り尽くしていても、自分の国の隣国の名前すら分からない。
「……では、そこから説明しましょう。理解しなくとも構いませんが、貴方にも少なからず関わりのあることです。」
折越は、話を続ける。
──青天民主国が政府を置く、蒼海島。
ここは、中央大陸と協和大洋を隔てる天然の防波堤だ。
ここをアトランティス連邦の海洋国家陣営が押さえている限り、大同人民国の海軍は協和大洋を我らの海とすることはできない。
逆にここを押さえることが出来れば、大同人民国は大洋への道を手に入れることが出来、また蒼海島は国土を海からの脅威から守る砦となる。
故に、大同人民国は長らくこの蒼海島の領有権を主張し、軍事的な威嚇を続けてきたが、一線を踏み越えることはできないでいた。
ここはアトランティス連邦の準同盟国だ。
侵攻すれば、確実にアトランティス連邦が駆け付け、旭日国との連合軍により確実に潰される。
そうなれば、大同人民国の体制は崩壊しかねない。
……しかし、仮に侵攻しても、アトランティス連邦は参戦してこないであろうという確信を、大同人民国政府は得た。
2年前のプロメテウスの暴走事故。
これによりアトランティス連邦の社会は修復不能なレベルに分断し、現在もその分断は修復するどころか、独立を宣言する州が出るほどに深刻化していた。
離反した州軍と、国軍の戦闘というような悪夢のような事態も起き、一時はさながら内戦のようになった。
……とても、対外戦争どころではないだろう。
そう確信した大同人民国は、まずは旭日国の南西の離島を占拠。
ここに橋頭堡を築き、蒼海島への総攻撃を開始した。
旭日国は占領された島嶼の奪還作戦を開始したが、甚大な被害を出して返り討ちに遭った。
接近する舟艇を悉く撃破する敵方の自律兵器。
綿密に立てた作戦が、何故か何者かによって書き換えられ、自滅する自軍。
何者かの世論操作工作により、無条件降伏に傾く世論。
──敵がAIを軍事利用しているというのは把握していたが、それによりここまで追い込まれることは想定していなかった。
現在、旭日国は満身創痍のアトランティス連邦を説得して参戦に漕ぎつけさせ、占領された島嶼部の解放作戦と青天民主国防衛作戦を進めているが、AIが戦争のゲームチェンジャーとなったことが明らかとなった今、苦戦に苦戦を重ねている。
「……いやはや、AIというのは恐るべき力を持っているものです。
貴方の作りだしたプロメテウスによって、超大国アトランティスはここまで弱体化し、敵にこの戦争を思いとどまらせることが出来なくなった。
そして敵のAIにより我々は敗戦の瀬戸際にある。
──機械如きに、儘ならんものです。」
折越は、皮肉を込めて言う。
「それで、本題です。
……私は、その機械が欲しい。
大同の蛮族を地獄に叩き落とし、わが国の守護神となる機械が。」
折越は、懐から無造作に紙の束を掴み、バサリと机に置く。
表紙には、丸秘の判が押され、飾り気のないA4の紙にこうタイプされている。
『永明3年度調達 メタ作戦統合・再帰的人工知能 要求仕様書』
旭日国語の文字の下には、アトランティス語でも文字がタイプされている。
Meta-Operational Integrated Recursive Artificial Intelligence
──MoirAI──
……これは?
借りてきた猫のようになりながらも、書類に手を伸ばそうか迷っているウィリアムに、折越は一読を促す。
「どうぞ、ウィリアムさん。お手に取って目を通してください。」
そう言うと折越は椅子を立ち、ぶらぶらと散歩するかのようにウィリアムの部屋の中を歩き出す。
恐る恐る紙の束を手にしたウィリアムは、ページをめくる。
そこには、ただ一言。
──我が国への脅威を排除すること。
あとのページは、白紙だ。
ウィリアムは、紙を元に戻し、言う。
「折越……さん。
これは、仕様書ではない。」
僕に一体、何をしろと言うんだと続けようとしたウィリアムを制し、折越が口を開く。
その目は、壁に向けられている。
「……ウィリアム博士、貴方、悔しかったんでしょう?」
壁一面に殴り書きされているもの。
──それは、AIの思考モデルや、コード、そして訳の分からない関数のようなもの。
「……まだ、やりたいことがあるんでしょう?」
そして、ウィリアムに向き直る。
「……ええ、その紙に書いてあることは、貴方の好きにやってくださいということです。」
ハード仕様などの制約が書いてありますか?……必要なものなら、全てこちらで揃えます。
達成しなければならない性能が書いてありますか?……貴方に上限を課すつもりはない。
納期が書いてありますか?……ええ、そんなものを気にしなくともいい。
貴方はただ、限界を超えてください。
ただし……
「そこに書かれているとおり、大同人民国を撃滅すること。
それが条件です。
──やっていただけますね?ドクター・ウィリー。」
『……ああ、世界はアッと驚くぞ。
それが俺の夢で、お前がその夢を叶えるんだ。
信じてるぜ、ドクター・ウィリー!』
袂を分かった共が、いつの日か言った言葉が、耳奥に蘇る。
……エイディ、僕は君の夢を叶えられたのかい?
その日、ウィリアムは契約書に署名し、そのまま失踪するかの如く、折越達の車に乗って空港へ向かっていった。




