創世①
──第三次世界大戦期──
「どうも。貴方はウィリアム博士ですね?」
黒いスーツに身を包んだ東洋人が3人。
胡散臭いほどに柔和な笑みを浮かべているが、その視線は鋭く、刺すように冷たい。
「……違います。帰ってください。」
ぼさぼさ頭に、上下で柄の違うパジャマを纏った痩身の男は、ボソリと呟くように言うと、ドアを閉める。
黒服の男の革靴がドアの隙間に挟まれる。
ウィリアムが驚いた表情で固まっていると、その男たちはズカズカとウィリアムの部屋に入ってくる。
「何なんですか、貴方達は!」
抗議の声を上げるウィリアム。その声は、震えている。
浴室に逃げ込もうとしたウィリアムの行く手に回り込み、取り囲む。
プロメテウスの凍結から2年。
半ば世捨て人のような破滅的な生活を送り、自分の命などどうでもよいと投げやりに生きていたウィリアム。
しかし、この男達の身体から立ち昇る暴力の臭いはウィリアムに、ここで死にたくないという生存本能を否応なしに呼び覚まさせる。
ウィリアムは、蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなる。
男達は、無言でウィリアムの部屋を見渡す。
床には衣類や書籍が散乱し、足の踏み場もない。
テーブルの上には、いつ出したのか分からないチーズが皿の上で干からびている。
ベッドのマットレスはあちこち黄ばんで埃が舞っており、こんなところで寝たら身体がかゆくなりそうだ。
男の一人が口を開く。
「私どもは、貴方が必要だから来たんです。ウィリアムさん。
……そして、貴方も私たちを必要とするでしょう。」
何か言おうとしているウィリアムを遮り、名刺を差し出す。
『旭日国 国防サイバー軍省 防衛技術庁 電子戦装備品工廠』
連絡先も住所も書かれていない名刺。
「申し遅れましたが、私は折越中佐です。
私共の話を、聞いていただけますかな?」
有無を言わさぬ圧をかける、黒服。
──世界は今、戦乱に包まれようとしていた。
アトランティス連邦と旭日国に囲まれた大洋、協和大洋。
この海は、その名前とは裏腹に、近代以降は大国がこの世界の覇権をかけて争う、権謀術数と戦乱の海でもあった。
人と物資、そして兵力の流れを握るこの海を制する者は、世界の鼓動そのものを掌握する。
80年以上前、海洋国家である旭日国とアトランティス連邦は、この海の支配権と、国家存亡をかけて争った。
海は、二つの覇者を許さない。
旭日国は完膚なきまでに国土を焼き尽くされ、勢力圏を解体され、終戦を迎えた。
戦後は、旭日国を自陣営の防波堤として組み込んだアトランティス連邦がこの海を支配し、その海洋支配を礎に国際秩序をもアトランティス連邦中心に再編した。
そして、他の海洋国家群とも同盟を結び、世界中の海で人と物の流れの生殺与奪を握ることで、覇権国家として空前の発展を謳歌した。
一方、協和大洋の対岸に広がる大陸国家群──ボストーク連邦や大同人民国は、そのアトランティス連邦の国際秩序とは異なる枠組みでその歴史を刻んでいった。
広大で平坦な中央大陸。
豊富な天然資源が眠り、鉄道網により、海運に依存せず、物資や兵力をこの大陸の何処にでも素早く送り込むことが出来る地理条件。
それは同時に、平坦で行軍しやすい地続きになっている他国からの侵攻にも常に怯えなくてはならないということと表裏一体でもある。
だから、自国の周りに他国の侵攻の防波堤となる緩衝地帯を。緩衝地帯を得たら、そのまた緩衝地帯を。
こうして中央大陸の内陸を丸ごと勢力圏に置いた大陸国家群は、今度は海からの侵攻に怯え、大洋を目指し、アトランティス連邦と海洋国家群に挑戦してゆく。
世界は、この海洋国家群と大陸国家群の危ういパワーバランスの上に成り立っていた。




