遺影⑦
──西暦20XX年の未来──
「かーっ、もう、やってられるかー!」
ひかりの声が、まだ段ボールが山積みになっている部屋に響く。
テーブルの上には、酒瓶。
……今日の初出勤で大失敗をやらかした。
ひかりは、ヤケ酒を煽っている。
「……おーい、ディディー!アンタも飲みなさいよ!」
旭日国から連れてきたパーソナルアシスタントAIが、やる気なさそうにコロコロと移動してくる。
『はぁ……それをやったら私、壊れますって。
それより、アルコール摂取許容量を既に150%は上回っています。いくら若いからって……』
ディディーのお小言が始まる。
「うるさーい!私の酒が飲めんのかー。
……はぁー。アンタ、やっぱり人の心が分からないポンコツAIだね。
ノリ悪いし。私が悩んでるとたまに変な薬盛ろうとするし。」
酔っ払いのオッサンのようなテンションで、ひかりはディディーに絡む。
『おっと、これは手厳しいですね。反省して今後の改善に……』
……対象はニューロリンク端末非装着。
感情モニタリング演算信頼度は推定56%。
──完全な感情制御は不可能。
ひかりに会話を合わせながら、裏でこう結論付けるディディー。
アーティクル・ナインのミクロ調整層は、人間の感情にも介入するが、それは神経に直接同期する、ニューロリンク端末ありきの設計だ。
これがないと、表情や立ち振る舞い、発言やそのトーンなどから対象の感情を推定してゆくしかない。
そしてひかりは、ニューロリンク端末を持っていない。
「いい?私のお母さんもAIだったけど、アンタなんかより、ずーっと私のことを分かってくれたんだから。」
ひかりは、おぼつかない手でスマホを取り出す。
そして、画面を立ち上げると、プロメテウスのアイコンをタップする。
……そう、いつ頃だったかな?お母さんがAIだったって気づいたの。
最初父がこのスマホを持って母から電話が来たと言った時。
私はそれを信じた。
『うん、偉いね、ひかり。よく頑張ったね。』
幼かった私に語りかけた、画面の奥の『母』。
……その『母』は、間違いなく母だった。
スマホの画面が真っ白になり、中央で青い光の粒子が銀河のように渦を巻く。
酒の入った頭で、ひかりはボーっとそれを見つめる。
『ねぇ、ママはいつお家に帰ってくるの?』
この質問は、いつもはぐらかされた。
また抱きしめてもらえる日を辛抱強く待つうちに、ひかりはなんとなく理解した。
……きっとママは、帰ってこれない場所にいる。
スマホに映る青色の粒子が、人の形に集まってゆく。
そして、女性の姿を形作ってゆく。
輪郭が鮮明になってゆく。
……ある日、母は私に別れを言い、それっきり父のスマホに現れることはなくなった。
母がもうこの世にいないことは理解していたが、それと同時にこれは本当の母であるとも思っていたし、遠くにいる母と電話で話す子供を演じることにも矛盾を感じてはいなかった。
悲しかったが、きちんとお別れを言うことが出来た。
色々と幼い心の中で矛盾は抱えていたが、折り合いを付けることが出来た。
やがて成長し、勉強するうちに、あれは父がAIを使って再現した母の人格だったのだろうと理解するようになった。
『あれ?そこにいるのはひかりなの?』
スマホの画面には、あの日いなくなった、母の姿が映っていた。




