遺影⑥
「本当に、お前という奴は……。」
巌は、スマホの中のプロメテウスに向かって小さくため息を吐く。
「……ひかり、本当に喜んでたんだぞ?『ママ帰ってきた!』って。
お前は、もう一度あの子から母親を奪うのか?」
非難めいた視線で画面を見る。
プロメテウスのサービス終了。
これはつまり、ひかりにとっては本当の母親である、真希の再現人格とももう会えなくなるということだ。
ひかりは、悲しむだろう。
それ以前に、また前みたいにおかしくなってしまうかもしれない。
……あの時、俺は、何もできなかった。
「……もしひかりがまたあんなになったら、お前無しでどうしたらいいんだよ……。」
スマホの画面に青い光の粒子が集まり、人影を描く。
そしてそれは、くっきりとした真希の姿になる。
その顔は、少し怒って見える。
『……あのね、巌くん。情けない事言わないで。
私は、あの日死んでしまった。もう、あの子を守ってやることはできない。
──でも、貴方は生きている。貴方、あの子の父親でしょう?』
その言葉に、巌はカッとなる。
「お前が言えた口かッ!プロメテウス!お前が真希を殺したんだろうが!
……ああ、いいぞ。そこまで言うなら、真希を返せ!あの子の母親を、返せ!」
真希は、フゥとため息をつく。
そして、まっすぐ、強い瞳で巌を見つめる。
……とても、AIが生成した映像とは思えない。画面越しには、『真希』がいた。
『……貴方の行き場のない怒り、分からないことはないよ?
プロメテウスがやったことは許されることじゃないし、許してほしいとも思わない。
貴方の不安も分かる。でもね……』
そこで真希は一瞬、間を置くと、口を開く。
『でもね、巌くん。それは、『本物の私』じゃない。
どれだけ正確に模倣して、仮に本物の私とAIの私が全く同じ反応、同じ表情を返してもね、それは、貴方達の記憶と願いが生み出した、幻。』
巌は、言葉を返すことができない。
真希の表情が少し緩む。
『あーあ、寂しくなっちゃうな。私だってね、ひかりに会える時、本当に幸せな気分になれるんだよ?
日に日に大きくなっていくあの子を見るのが、本当に嬉しいんだよ?
でもね、貴方達が私に見ているものは、私の『代わり』なの。
……多分、ひかりももう気づいているよ?』
真希は、涙を拭いている。
「パパ、ママと喧嘩したの?仲良くしてくれなきゃ、やだよ?」
先ほどの巌の怒鳴り声を聞きつけたのか、巌の隣にひかりがいる。
巌は、無言でひかりの肩に手を回す。
真希は、涙を拭うと、顔を上げる。
「……ああ、ひかり。ごめんね、驚かせちゃったね。」
そして、巌に視線を向ける。
『あのね、巌くん。私はね、ひかりの『お母さん』になりたいの。『代わり』じゃ嫌。
……最後に、『お母さん』でいさせて頂戴。』
真希は、ひかりにまっすぐ眼を向ける。
その顔は、穏やかな笑みに満ちている。
目元に、涙が光っている。
『ひかり、ちゃんと聞いてね。
……ママね、少し遠くに行かなきゃいけないの。
でもね、いなくなるわけじゃないよ。』
ひかりは、不安そうに首をかしげる。
『ひかりが笑ったことも、泣いたことも、全部ね、ママは知ってる。
ずっと覚えてる。だからね、大丈夫。』
真希は、ゆっくりと手を伸ばす。
しかし、その手は、画面に阻まれてひかりに触れることはできない。
それでも、ひかりの頭を撫でるように、やさしく動く。
『それにね、ひかりにはパパがいるでしょ?
パパね、ちょっと不器用だけど……すっごく、ひかりのこと大好きなんだよ。』
一瞬だけ、巌の方を見る。
巌は、黙り込んだまま顔を背ける。
『だからね、寂しくなったら、パパにぎゅってしてもらいなさい。
ママの分まで、いっぱい、いっぱい。』
ひかりの目に、涙が溜まる。
「……ママ、また会える?」
その問いに、真希は一瞬だけ言葉を止める。
そして、微笑む。
『うん。ひかりが、ちゃんと前を向いて歩いていったらね、
その先で、きっと会えるよ。』
ほんの少しだけ、声が震える。
『だからね、泣いてもいい。でも、ちゃんと歩くの。
……ママとの、約束だよ?』
ひかりは、小さく頷く。
真希は満足そうに微笑んで、最後にそっと言った。
『おやすみなさい、ひかり。大好きよ。』




