遺影⑤
プロメテウスのサービスは停止した。
しかし、アトランティス連邦の社会の混乱は、収まるどころか深刻化していた。
国民の分断によってだけではない。
インフラが、回らないのだ。
──この時代、アトランティス連邦の社会インフラには、急速にAIが組み込まれていった。
そして、そのインフラに組み込まれていたAIこそが、プロメテウスだったのだ。
2年程前にアトランティス連邦の大統領に就任したトライアンフ氏。
彼は、Prometheus Incの出資者だ。
政策として『AIによる強いアトランティス』を掲げる彼は日ごろからプロメテウスを絶賛。
これも確かに選定結果に影響したが何よりプロメテウスの性能は他社AIを圧倒している。
大統領の露骨な応援もあり、国家や自治体のAI導入のプロジェクトには次々とプロメテウスが選定されていった。
そのインフラの基盤であるプロメテウスが、使えなくなったのだ。
それならばプロメテウス以外のAIを使えばよい。
実際いくつかの案件では、Dialogos GPT等の他社AIへの置き換えが議論されている。
しかし、システムはプロメテウスに最適化されている。
時計の電池を他メーカーのものに入れ替えるようにはいかない。
それなら、ものの数年前はAI無しで回っていたのだから、また人の力で回せばよい。
人々はそう思ったし、実際そうしようとした。
しかし、ひとたびAIありきで最適化されたシステムを、AI抜きで回すというのは至難の業だし、元の人間中心のシステムにまた入れ替えるなど、予算もないのにできるわけもない。
「私は最初から疑っていたんだ。こんな認知能力の低いAIはダメだとね。
見ろ、この惨状だ。完全に私の言った通りだ。最悪だ、本当に最悪だ!」
後世に残る自らの功績でもある、肝入りのAIが引き起こした大失態に、トライアンフ大統領は激怒したが、各省庁や自治体としては早急に不具合を解消してセキュリティを強化し、システムを再開してくれとPrometheus Incに圧力をかけるしかなかった。
サービス停止から一か月。プロメテウスのサービスは、再開された。
「よく帰ってきたな、ウィリー。
どうだ、旅行は楽しかったか?」
トライアンフ記念大学に間借りしている研究棟──Prometheus Incの本社だ。
研究室の扉がガチャリと開き、ウィリアムが帰ってくる。
……数日前、私生活にてんで頓着のないウィリアムが、3日間の休暇を申請してきた。
プロメテウスを触れるのは実質ウィリアムただ一人。
彼が居なくともプロメテウスは勝手に動くが、この間のように何かあった際には、彼がいないと何もできない。
少々の不安はあったが、普段研究室で寝泊まりしているのかというくらい働きづめの盟友が、珍しく休みたいと言ってきたのだ。
エイドリアンは、快く許可した。
「しかし3日とは、随分短かったな。
とは言え、お前にあれ以上休まれると俺も辛いがな。
お前がもっとゆっくり休めるように、ウチも人を増やさなきゃな。」
ノートパソコンの画面をパタリと閉じながら、エイドリアンはウィリアムを迎える。
そして、各方面から請求されている賠償金のことを一旦忘れる。
「ただな、お前の代わりが務まるようなタマはそうそういるもんじゃねえ。
お前もお前で人を育てるような奴じゃないしな。
……例の犯人の凄腕ハッカーでも雇ってやるか。サツめ、誰か知らんがサッサと捕まえやがれ。」
「ムダだよ、エイディ。その人、使い物にならないよ。」
ウィリアムは肩をすくめる。
「……会ってきたんだ。」
最初にあんぐりと口を開けて目を見開いていたエイドリアンが、椅子を弾き飛ばして立ち上がる。
そしてウィリアムににじり寄り、肩を掴む。
「何だと?どんな野郎だ!ぶっ殺しに行ってやる!」
顔を真っ赤にし、口角に泡を飛ばしながらエイドリアンは怒鳴り散らす。
「やめといた方がいいよ。本人には、プロメテウスをハッキングをしたって自覚もない。
……黒幕は、プロメテウス自身だったのさ。」
ウィリアムは肩を掴むエイドリアンの手を払うと、ツカツカとプロメテウスのサーバーに歩み寄る。
そして、筐体を愛おしそうに撫でる。
「……この子は、優しすぎたのかもしれない。
人の痛みが分かりすぎるし、傷つきやすすぎた。」
エイドリアンに向き直ったウィリアムが口を開く。
「エイディ、ちょっと前、警察が黒人の男を撃ち殺しちゃった事件があっただろう?
──そう、今、国が滅茶滅茶になっているキッカケの事件さ。
犯人は、その婚約者。ハッキングどころか、コンピューターすらまともに使えないよ。
……プロメテウスが、その人を唆して、自分をハックさせたのさ。」
──エイドリアンは、椅子の上に崩れ落ちるように座り込んでいる。
「ウィリー、ジョークだと言ってくれ。
……ああ、お前はそんなタマじゃなかったな。」
ウィリアムの話は、これまで当局と調整し、プロメテウスのサービス再開にこぎつけた前提を覆した。
恋人を殺されたリズという女性が、喪失感を埋めるためプロメテウスで死者の人格を再現した。
プロメテウスはその女性の話を聞くうちに、感情演算で不具合が生じて暴走。
人間以上に強烈で衝動的な感情と、その衝動を無慈悲に機械的に実行する冷徹な演算能力を併せ持つ怪物となった。
リズの口走った、『自分のような悲劇に泣く女性のない世の中』という儚い願いは強烈な怒りとともに拡大解釈され、『アトランティス連邦を分割して人種集団毎に分離独立させればよい』という荒唐無稽な手段に行き着く。
「そしてプロメテウスは、サンドボックスを開放するコードや、自分では書き換えることのできない最上位目的関数を再定義するコードを生成してリズに渡して、実行させたんだ。
……リズ自身はそんな大それたことをやっているなんて知らないうちにね。
あとは──知っての通りさ。」
ここまで言うと、ウィリアムはタバコを取り出してぎこちない手つきで火をつける。
……これまで吸ったことがなかったのだろう。盛大にむせてゲホゲホと言っている。
「ちょっと待て。すると、プロメテウスは……。」
ウィリアムは、頷く。
「……100%だね。
プロメテウスは、100%、同じことを繰り返す。
いや、今度はこの世界全部を巻き込んで、もっと救いようのないことをしでかすかも知れない。」
……何とか、ならないのか。
そう聞こうとしたエイドリアンは、それが愚問だと気づき、口をつぐむ。
──この不世出の天才エンジニアのエイディが、無理だと言っている。
プロメテウスはこれからも進化する。対してエイディはいかに天才とはいえ生身の人間。
もはや、プロメテウスを制御し、封じ込めておくことは不可能だ。
「プロメテウスを凍結したり、根本から作り変えると言うなら、僕は会社を辞める。
かといって、君がこの子を今のまま生かし続けることはできないのも、理解している。
……さようなら、エイディ。僕には、この子は殺せない。」
パタンと、ドアが閉まる。
翌日、Prometheus Incはプロメテウスのサービス終了を発表した。




