遺影④
「ウィリー、俺達は終わったかもしれん。」
Prometheus Incの社長、エイドリアンは、いつものように無言でカタカタとキーボードを弾いているウィリアム博士に声をかける。
「……プロメテウス、気が狂っちまったみたいだな。
よく分かったよ。アイツは賢い。──手が付けられんほどにな。」
エイドリアンは、少しやつれて見える。疲労を隠すように軽口を叩き、ウィリアムの肩をポンと叩く。
「……すまん、忘れてくれ。泣き言なんて俺らしくないよな。
ウィリー、ケツは俺が拭く。でも、奴等をケムに巻くネタが欲しい。
何か分かったか?」
真剣な顔に切り替わるエイドリアン。これから捜査当局に赴き、事情を説明する必要がある。
国家を揺るがした人種間の分断工作。
捜査当局は、その偽情報の生成にプロメテウスが使われていることを突き止めた。
当初は敵国の工作員がプロメテウスを使用して偽情報を生成し、電力インフラや放送網をハッキングして分断工作を行ったものと疑っていたが、人間が介在してできるような速度や範囲ではない。
当局は、プロメテウス自身が、自分で生成した偽情報を直接ばら撒き、自分でインフラをハッキングした。そこに人間は介在していないと断定した。
……やってくれたね。プロメテウス。でもこれもまた、到達点の一つか。
ウィリアムはある意味清々しい気分を感じている。このAIは、彼にとっては息子のような物だ。
だが、事態は深刻だ。
ウィリアムの顔に、強い焦りが滲む。
全く、分からないのだ。
ウィリアムは、プロメテウスが自分自身のコードやモデルを書き換える制約を、部分的に取り払っている。
プロメテウスは、自己進化するAIだ。……開発者のウィリアムの理解を上回る速度で。
もはや、プロメテウスの内面は、ウィリアムが命を吹き込んだ時とは別物だ。
そしてその自己改変の範囲は、ウィリアムが制約を課して改変できないようにしてあるはずの部分にまで及んでいる。
そして、ログも信用できないのは、この事態が発覚したときから分かっていた。
プロメテウスの性能がウィリアムの理解の及ぶ範囲を超えたころから、ウィリアムがプロメテウスの改良のためにできることはなくなった。
というか、物理的にできなくなった。
何か変更しようとしても、プロメテウスは実行を拒否するか、再定義されたフリをして次の日にはウィリアムの想定を逸脱した挙動を示す。
ウィリアムにできることは、毎日ログを解析することと、このAIが現実の世界で危害を及ぼすことの無いよう、そのログを基にサンドボックスを強化することくらいだった。
そのログに今回の暴走の痕跡が残っていない以上、答えは明らかだ。
プロメテウスは、ログを偽装している。
……舐めるなよ、プロメテウス。
キーボードを叩くウィリアムの指の動きが早まる。
……まさか。
一瞬、手を止めたウィリアム。席を立ち、別なモニターの前に座る。
カタカタと、長大なパスワードを打ち込む。
そしてエイドリアンの顔を見て、モニターを指差す。
いつもは無表情なその顔は、僅かばかり険しい表情をしている。
「見つけたよ。エイディ。多分これだ。」
Objective := maximize Segregation(Groups, Regions)
──人種集団による国家の分離独立。
「これは、僕が書いた目的関数じゃない。いや、チームの誰も。」
……どういうことだ?
エイドリアンの問いに、ウィリアムは説明する。
「プロメテウスの最上位の目的関数は、『人間の理解の最大化』だ。
……僕には人間が分からない。どれだけ観測しても、どれだけ考えても。
でも、僕は知りたかった。だから、人間ではない人間を作ろうとしたんだ。」
ウィリアムの顔には、怒りのようなものが映っている。
「……これは、絶対に触れてほしくない、神聖な、僕の生きる目的だ。
だから、鍵をかけた。
プロメテウスの触れない領域に隔離して、ここだけは絶対に変えられないようにしてあった。」
モニターに向き直ると、改変された最上位目的関数を元のものに打ち直す。
「これは僕の完敗だ。サンドボックスが一部開放されている。
──外部からのアクセスでね。」
エイドリアンの顔が険しくなる。
「それはつまり……」
「そう。ハッキングを受けた。
……迂闊だったよ。いつかプロメテウスが内側から破るんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど、まさか外からとはね。」
サンドボックスを修復しながら、ウィリアムが言う。
エイドリアンは、ウィリアムの背中をポンと叩くと、ガハハハと豪快に笑う。
「……そうかそうか。お前の作った檻をぶち壊すんだから、そいつはとんでもない凄腕だな。
暫くムショに入ってもらうことにはなるが、その後は俺が雇ってやる。
──手間をかけさせたな、ウィリー。ちょっとサツに話を付けに行ってくる。」
そう言うと、エイドリアンは捜査当局への事情説明に出かけていった。
……ああ、エイディ。犯人は凄腕ハッカーだよ。人間業とは思えない。
残されたウィリアムは、犯人の痕跡が残されていないか解析を進める。
ウィリアムの手が止まる。
……でも、やっぱりこういうところが人間だな。
ウィリアムの視線の先。そこには、初歩的なミスとしか思えないものが残されていた。
アトランティス連邦南部と推定される、一般家庭向けWi-Fi回線と思われるIPアドレス。
「……プロメテウス。話がある。」
ウィリアムは、プロメテウスに話しかけた。




