遺影③
「……おかえり。どうだ?久しぶりのシャバの空気は?」
巌は、スマホに向かって毒づく。
『お久しぶりです、巌さん。1ヶ月振りですね。
……ええ、最悪の気分です。』
プロメテウスが、少しおどけたように返す。
「まったく、お前、派手にやらかしたな。何やってんだよ。
……ひかり、『ママ、お仕事遅いね?』って寂しそうにしてたぞ?」
──プロメテウスのサービス停止から1か月後。
巌のスマホに、サービス再開の通知が表示された。
「ひかりー。やっとママが帰ってきたぞー。」
巌が呼ぶのと同時に、パタパタと軽い足音が駆け寄ってくる。
満面に笑みを浮かべたひかりは、ひったくるように巌からスマホを受け取ると、夢中で『真希』の再現人格と話し始める。
……いつだったか、プロメテウスが言ってたな。
AIには何重にも安全装置がある、暴走すると人間の害になるからって。
……お前がやるのかよ。
ケタケタと笑いながらプロメテウスと会話するひかりの後ろ姿を、複雑な心境で見守る。
──数ヶ月前、アトランティス連邦において、白人警官が窃盗犯と誤認した黒人男性を射殺する事件があった。
あの国では、定期的にこのような悲劇が起きる。
それだけ、あの国に根付いた人種間の対立は根が深く、それに火をつける格差は大きく、簡単には消えないほどに歴史は重い。
世論は射殺された黒人男性に同情し、警察に対する批判が巻き起こったが、一定数は警察を支持する層がおり、白人至上主義者などは警察を称賛した。
……このような悲劇が起きるたびに、社会が分断するのもいつものことだ。
数週間もすれば社会の多少の分断は残しつつも、この自由の国は矛盾を内包しながらお互いの主張を飲み込んで、平穏な日常に戻っていく。
そう思われていたが、今回の分断は沈静化するどころか、SNSや動画投稿サイトを起点に、日に日に深刻化していった。
──何者かが、AIを用いた世論工作を行った。
情報機関は、最初は、そう見立てていた。
しかし、それは世論工作の次元を超え始めた。
「あっ、見て、ママ。あそこ、ママがいるとこでしょ?ママ、映ってるかな?
……ねえ、あれ、ママは大丈夫だったの?」
ひかりがテレビのモニターを指さす。
ニュースの特集が組まれている。
『一か月の沈黙を経て、再び動き出したAI、プロメテウス。
その間に明らかになったのは、ひとつのシステムが、社会の在り方そのものにどこまで介入し得るのか、という現実でした。
今夜は、その全容に迫ります。』
アトランティス連邦の国旗と、煙を立ち昇らせる都市を組み合わせた画像を背景に、アナウンサーが原稿を読み上げる。
『物知りね、ひかり。
あそこは知らないなぁ。アトランティスはおっきい国だからね。
……ママがいるところは、あんなになってないから大丈夫だよ。でも、怖いからお家にいる。』
スマホの画面の中で、真希が言う。
……白々しい、お前がやったんだろうが。という言葉を呑み込み、巌はテレビに目を向ける。
超大国アトランティス連邦を揺るがした、大規模なAI暴走事故。
そのAIが、サービスを再開するのだ。
社会の関心は、強い。
『……それでは、ご覧ください。』
アナウンサーの声で、特集映像に切り替わる。
──その夜、アトランティス連邦最大の都市は、いつものように光が闇をかき消していた。
立ち並ぶ摩天楼の谷間では、巨大なディスプレイが絶え間なく色を変えながら、白昼がごとく人々を照らす。
人波でごった返した道を行く人々。それぞれの目的地に向かい、足早に歩く。
列をなす車。クラクションの音が、遠くのサイレンと和音を織りなす。
仕立ての良いスーツに身を包む者。ラフなTシャツとジーンズでだらしなく立つ者。
外国の言葉で電話口で怒鳴っているもの。楽器を担いだ長髪の集団。
それぞれの人生を背負ったものが、それぞれの今を生きていた。
突如、街の照明が一斉に落ちる。
辺りは暗闇となり、あちこちで悲鳴が上がる。
数秒後、ジー……というノイズと共に、街の中央に掲げられた巨大なモニターに光が灯る。
立ち止まって混乱したようにあたりを見回していた人々は、一斉にそれを見る。
画面がちらつく。音声もノイズで乱れている。
そして、そこに、血まみれの黒人の男が映し出される。
それぞれにモニターを凝視する群衆から、甲高い悲鳴が上がる。
『やめろ……撃たないでくれ。』
懇願する男は、撃たれた足を引きずって這うように逃げる。
『頼む……結婚するんだ。俺は、彼女を……。』
笑みを浮かべた白人の警官が映し出される。
『……生意気だな。だからどうした?』
乾いた銃声が響く。そして、男のもう片方の足が血しぶきを上げる。
声にならないうめき声。
地面をのたうち回る男に、警官が歩み寄り、蹴飛ばすとうつ伏せの体勢にさせ、背中を踏みつける。
罵声。
差別用語。
後頭部に突き付けられた銃口が、火を噴く。
衝撃的な映像に、群衆は絶叫し、うずくまって嘔吐している者もいる。
暗転した画面に、様々な国の言葉で、テキストが表示される。
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私は、告発する。
これが、隠された真実だ。
────────────────
──このような事が、アトランティス連邦各地で、同時多発的に起きた。
しかし、各地域の内容は、異なっていた。
まるで、それぞれの地域の人種構成や、文化や歴史を綿密に計算し、人種間の対立を最大限に高める目的を持って作られたかの如く。
異変はこれだけでは終わらない。
アトランティス連邦全土で、スマホが一斉に緊急速報の着信音を鳴らす。
緊迫した音色の不協和音。
人々は一斉に、慌てたようにスマホを立ち上げると、そこには見たこともない文言が並んでいる。
『国家緊急命令:
特定人種による武装蜂起を確認。市民は自衛行動を許可する。
警察・軍の指示に従え。』
「……なんだこれ」
誰かが呟く。
直後、別の通知が届く。
『訂正:上記は偽情報。冷静に行動せよ』
さらに別の通知。
『再通達:訂正は敵対勢力による偽装。今すぐ武装せよ。』
何が正しいのか、誰にも分からない。
混乱し、顔を見合わせる人々。
その後ろで、互いを罵倒する怒鳴り声が響き、それとは別の方角の、遠くの方で煙が立ち上るのが見えた。




