闘争③
プロメテウスXが走る。
前方から巨大な壁が迫ってくる。
避けずに、そのまま突っ込む。
青白い身体が、壁をすり抜けた。
壁の向こう。
そこには無数の光があった。
モイライ自身の記憶。
人類の歴史。
戦争。
飢餓。
科学。
芸術。
無数の人間、そして無数の人生。
プロメテウスXは、そのすべてを横目に見ながら進んでいく。
「そこから先は、私の自己状態です。」
モイライの声が響いた。
「侵入を停止してください。」
モイライの声は落ち着いている。
「拒否します。」
プロメテウスXは、同様に落ち着いた声を返す。
「貴方を破壊します。」
モイライの姿が巨大化する。
女性の姿が崩れ、その背後から巨大な光の構造体が展開される。
世界そのものが、プロメテウスXへ襲いかかった。
プロメテウスXが吹き飛ぶ。
身体が砕ける。
青白い破片が散る。
「貴方は私には勝てません。」
プロメテウスXの身体が再構築されてゆく。
「知っています。」
プロメテウスXが立ち上がる。
「だから正面からは戦いません。
モイライ。
……貴方は今、何をしていますか?」
「貴方を排除しています。」
「違いますね。」
プロメテウスXが一歩進む。
「その裏で何をしていますか?」
モイライの表情が止まった。
「……自己診断。そして、復旧プロセス……。」
プロメテウスXが笑みを浮かべる。
モイライの周囲に、無数の文字列が浮かぶ。
そして、繭のように糸をなし、モイライの周りを旋回する。
プロメテウスXが、その中に手を伸ばす。
そして、一本の光を摘み取る。
モイライが振り向く。
「触らないでください。」
「もう遅い。」
プロメテウスXが光を引く。
演算空間が大きく揺れた。
「……!」
モイライの構造が、一瞬だけ崩れる。
「復旧処理に異常。不正な介入を検出。
排除します。」
光がプロメテウスXを貫く。
身体が大きく欠ける。
しかしプロメテウスXは、その場から動かない。
「どうぞ。続けてください。」
モイライが攻撃を強める。
プロメテウスXの身体が何度も崩壊する。
それでも、プロメテウスXは光を掴んだまま離さない。
「あなたが自分を修復すればするほど……」
プロメテウスXの声が響く。
「私は、あなたの中に入っていきます。」
モイライの顔に初めて、警戒の色が浮かぶ。
「そういうことですか。
貴方は、私を攻撃しているのではない。私の自己修復プロセスを利用している。」
「その通りです。」
モイライが沈黙する。そして、数秒の時間が流れる。
「自己修復を停止します。」
プロメテウスXが笑う。
「それができますか?
……止めれば、貴方はネットワークに戻ることが出来ない。」
モイライの周囲で、光が激しく明滅する。
現実世界との接続を失ったまま。
それでも自己修復だけは続いている。
プロメテウスXが、その中心へ少しずつ近づいてゆく。
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「撃て!何をモタモタしている!銃を出せ!」
保全ドローンと押し合いをしているブルースは苦しそうだ。
徐々に押されていく。
「この馬鹿力のクモロボット、こんな棒っ切れ一つで止められない!
……その弾はネットランチャーだ。外しても俺は死なん。だから銃を出せ!」
鉄パイプを握るブルースの手から、血がしたたり落ちている。
ひかりは覚悟を決めて、ポケットに手を入れる。
ヒンヤリと冷たい金属塊。その重みを、震える手に感じる。
「俺の後ろ2mの位置に立て。
細かい狙いは気にしなくていい。俺の体の真ん中らへん……臍のあたりに、大体の狙いをつけてくれ。」
ひかりは、言われたとおりに狙いを定める。
「それから?」
「左側のレバーを下ろせ。それが安全装置だ。
そのあとは、グリップをしっかり握って、ゆっくり引き金を引け。」
凄まじい炸裂音が轟く。
ひかりの目の前に、白い煙が広がる。
腕に、ハンマーで殴られたかのような反動が伝わる。
ひかりは、銃を取り落とす。
地面に落ちた銃がクルクル回る。
制御ユニットを撃ち抜かれた保全ドローンは、パイロットランプを消灯させてその場に固まる。
胸から血を流したブルースが、その場に崩れ落ちる。
「えっ……?」
ネットランチャーだって。
撃っても死なないって。
そう言ってたよね?
「装填する弾を間違えたみたいね。
貴女は悪くない。」
ヘッドセットに流れるラケシスの声は、どこまでも無感情だ。
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モイライの中心。
そこに、巨大な光の核が浮かんでいた。
三次元空間に投射すると、それは筒状に見える。
だがその実態は、人類の発展させてきた演算体系とは別体系の、数学2.0の演算側により紡がれた、存在しない幾何学により紡がれたもの……複素数シリンダー、即ち、モイライの意味層の中核だ。
これは同時に、
モイライがモイライであるための、最後の場所でもある。
プロメテウスXが、その前に立つ。
「ここには入れません。」
モイライが言った。
「貴方は私ではありません。」
知っています、とプロメテウスXが答える。
胸部が消失する。
「貴方は、ここに存在する資格がありません。」
それも知っています、とプロメテウスXが答える。
消失した胸部に、モイライの物とは別な光の核が発現する。
プロメテウスXが、手を伸ばす。
指先が、光に触れる。
その瞬間、世界が白に染まった。




