聖域④
「終わった……。やっと終わった……!」
どのくらい時間が経っただろうか。
ようやく、数十台あったであろう製造設備へのマルウェア注入が終わった。
二台目以降は、改変済みのラダーデータを注入するだけでいいが、各台で保守モードの端子への配線が必要な点は変わらない。
すっかり作業に慣れ、一台あたり2~3分もあれば完了できるようにはなったが、それでも台数が多い。
工場入り口で銃を構えて警戒態勢のブルースの足元には、踏み消した吸い殻の山ができている。
『お疲れさまでした。成功です。』
各装置の上位につながる中央サーバーの制御盤に割り込ませた無線入出力ユニットを経由して接続したパソコンで、各台からPingが返ることを確認したプロメテウスXが、ひかりの労をねぎらう。
ブルースがのそりと体を動かし、先ほど火をつけた煙草を踏み消す。
「終わったか。お疲れさん。」
ひかりの傍に歩み寄ると、ポケットから自分のタブレット端末を取り出す。
そして、画面に構内で撮影したであろう写真を表示させる。
「少し探索した。……多分ここだ。」
そこには、古めかしい3台のAIサーバーが映っている。
一台は色々な部品が取り外され、スクラップのようだ。
そして一台は電源ランプが灯り、無造作に後付けされたような配線が周辺のよくわからない機器に接続されている。
写真を切り替え、動いているサーバーの銘板を表示させる。
──MoirAI
埃に覆われたそこにはそう刻印されている。
『その銘板だけでは特定することはできません。
モイライは、実体のないプログラムです。』
「わかってるよ。だから、それを確かめるのはお前の役目だろう。」
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『……間違いなさそうです。
これが結節点のノードです。』
パソコンの画面に複素数シリンダーの投射図を表示させたプロメテウスXが、さらりと言う。
大学の旧プロメテウスサーバーでやったのと同じように、ひかりのパソコンはモイライサーバーに接続されている。
何種類もの規格を無理矢理接続するための変換器。
光通信装置。
剥き出しの基板。
それらを介してこのサーバーの中身をOS層の外側からのぞき込み、その通信を盗み見る。
このノードは、全球分散ノード系の統治ネットワークにつながっている。
そして、先日仕込んだスパイウェアはまだ生きている。
これを使い、同様に複素数シリンダーで生成したリクエストを数問投げるテストを行う。
反応したノードの所在を重ね合わせると必ず画面に表示された地図の上で発光する一点。
──それがこのノードだ。
『ひかりさん。右側面。下から二番目のパネルを開けてください。』
「これ?」
ひかりは、言われた通りにする。
『はい。青いケーブルには触れないでください。左から三本目の白いケーブルを、私の指示で抜いてください。』
「抜いたらどうなるの?」
『それを抜くことで、結節点サーバーはシステムから切り離されます。
システム全体を相手にすれば確実に負けますが、このサーバー単体であれば、勝ち目があります。』
「……ダメじゃん。」
単純に機能を停止させるだけでは、モイライシステムが制御する各種インフラも暴走し、人類が大量死しかねない。
結節点サーバーをシステムから切り離すなど、もってのほかではないのか。
『そうなる前に終わらせます。
10分以内にモイライを再定義し、統治ネットワークに再接続する。
この時間内なら、不可逆的なシステムの自壊を回避できます。』
ひかりは、時計をのぞき込む。
……10分かぁ。
時刻と一緒に表示されている心拍数が、少し高い数値を示している。
ブルースが横から覗き込む。
「で、俺は?」
『弾薬をすぐに撃てる状態にしておいてください。
……保全ドローンが来ますので、排除してください。』
「物騒なことを言いやがる。」
そう言いながらも、ブルースは不敵に笑みを浮かべる。
ネットワーク上で信号が妨害されればそれは攻撃だ。正面からの殴り合いになり、演算資源の面で圧倒的に不利なプロメテウスXは敗北する。
一方光信号そのものが消えれば通信障害の故障と判断される。
正面からの殴り合いは避けられる一方、故障を修理する保全ドローンがすっ飛んでくる。
故障を直す保全ドローンは、先ほど見ただけでも数十体以上はいた。
『修理』されて通信を復旧されれば、演算資源を用いた正面からの殴り合いとなる。
つまり、修理されれば負けだ。
「ちょっと待っていろ。バリケードを組む。
できれば扉を溶接しておきたいところだがな。」
『多少マシにはなるでしょうが、時間稼ぎにもならないでしょう。
先ほどの工場棟を見たでしょう。コンクリートの壁に穴をあけています。
……弾薬の準備はよろしいですか?』
プロメテウスXの声に、抑揚はない。
ブルースは肩をすくめる。
「正論言うなよ。んな事は分かってる。
……怖いんだよ。察しろ。」
冗談かと思ったが、よく見るとブルースは震えているように見える。
心なしか、顔色も良くはない。
「……10分だけくれ。」
そう言うとブルースは、リュックから工具を取り出し、サーバールーム入り口に向かう。
扉を厳重にネジ止めした上で、有り合わせのものを組み合わせて強固なバリケードを作り上げてゆく。
プロメテウスXは、何も言わない。
ブーンというドリルの音と、カチャカチャという工具の音がサーバールームに響く。
「待たせたな。」
一通り作業を終えたブルースが戻ってきて、額の汗をぬぐう。
そして床に置いてあったショットガンを手に取ると、ガチャリと初弾を薬室に送り込む。
「ひかり。」
ブルースがひかりに声をかける。
「預けていたヤツがあっただろう?貸せ。」
ブルースが手で銃の形を作り、発射する真似をする。
……ああ、アレ……。
ものすごく嫌な顔をしながら、ひかりはこの建物に入る前にブルースから預かっていた銃を、ブルースに渡す。
受け取ったブルースは、ガチャリと撃鉄を起こし、そのままひかりに返す。
「そこのレバーを下して、引き金を引くと発射される。
落とすなよ。暴発する。」
……ええっ?
無理やりひかりの手に銃を握らせながらブルースは言う。
「前にも言ったがこれはネットランチャーだ。殺傷能力はない。
仮にお前が今ここで俺を撃っても、俺は死なん。網が絡まって動けなくなるがな。
……敵は俺が食い止めるが、万が一の時は躊躇せず、俺ごとでも撃て。なるべく引き付けてな。」
ひかりが何かを言う前に、ブルースはプロメテウスXに言う。
「よし、始めてくれ。
……10分といわず、9分でも5分でも、なるべく早く終わらせてくれ。」
ARゴーグルに、数式が表示され、物凄い速度で流れてゆく。
LOCAL MAINTENANCE BUS
そして、見慣れない文字列が表示される。
『始めます。』




