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プロメテウスの叡智  作者: 叡愛禅師
プロメテウスの叡智
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聖域③

建物内は、薄暗い。

埃を被って煤けた非常灯に、廊下はうっすらと緑色に照らされている。

それでいて空調は効いており気温は外よりも低く、空気は乾燥している。


この建物の主は人間ではない。

照明などは機械の存続に不要な一方、気温や湿度などの環境は、モイライのサーバーの維持に最適化されている。


『十分に注意して探索してください。

ここが目的の場所である点は間違いありませんが、建物内部の区画割りなどはわかりません。』


ヘッドセットからは自信に満ちたプロメテウスXの声が聞こえるが、内容はなんとも頼りない。

空調の作動音やよく分からないハム音にコツコツという足音を重ねながら、手探りで廊下を進んでゆく。


ところどころ、壁がぶち抜かれてなにやら配管や配線が追加されていたり、巨大な機器が設置されて動作音を響かせていたりする。


それらは真新しく、明らかにこの建物が使われていた頃には無かったものだ。

美観や動線、歩きやすさなどは完全に度外視されているが、配線や配管は機械的なまでに整っている。


「まずはこの後付けの配線の先を辿って行ってみるか。」

囁くようなブルースの声には、緊張感が感じられる。


配線に沿って廊下を歩く。

それは砕けたコンクリートが散乱する、壁にひときわ大きく開けられた穴の先にひきこまれている。


その穴は、明らかに最近増築されたであろう、真新しい広々とした空間につながっていた。

銃を構えたブルースが、足を止める。


「……なんだ、ここ。」

ひかりも、その後ろから顔を出す。

薄暗い廊下とは対照的だった。


広大な空間。

天井は高く、壁際から壁際まで、見たこともない機械が規則正しく並んでいる。

薄暗い空間に、ピカピカと規則正しく表示灯が灯り、ブーンというモーターの唸る音や圧縮空気の排気音を響かせている。


「……工場?」

『はい。』

プロメテウスXの返答は、妙に落ち着いていた。


視線の先を、搬送ドローンが横切った。

八本の脚で床を這い、器用に方向を変える。


その背中には、小さな透明ケース。

ケースの中には、数十個のカプセルが整然と並んでいた。

一つ一つは、指先ほどの大きさしかない。


「あれって……!」

ひかりは、息を呑む。

マナトに逃れることになったあの晩、ディディーがひかりに飲ませようとしたカプセル。

それと同じ物に見えた。


『これらは、ナノマシン製造設備です。

……見覚えがありますね。貴女も、ああなる予定でした。』

ひかりの顔色が変わる。

マナトの病室で痛々しい姿で恍惚の表情を浮かべていた、エレニの姿を思い出し、身震いする。


「潰した方がよさそうだな。」

鞄を降ろし、何か使えそうなものを探し始めたブルース


『いいえ。』

プロメテウスXが静かに制する。

『使える物は使いましょう。活用することで、勝利確率が上がります。』


****************************************************

ひかりはナノマシン製造設備の背後の制御盤を開け、LEDランプで盤内を照らす。


この機械は、インターネットで世界とつながっている訳ではない。

ここMX001の、閉じたネットワークにしかつながらない前提だ。

そもそもが外部とつながっていないので、外部からの侵入には部類の強さを発揮するどころか、侵入不可能だ。


……だが、物理的に装置を目の前にした場合、話は別だ。


『まずはデータ変更可のモードにする必要があります。

入力端子X1F34と、制御電源を配線してください。』


鞄から電線を取り出し、ドライバーを使ってプロメテウスXの指示する端子に配線する。

本来は保守用の鍵を差し込んで切り替える書き込みモードだった。

その鍵を使う代わりに、プロメテウスXが指定した端子を短絡し、保守モードへ移行させる。


続いて、パソコンを立ち上げると、イーサネットケーブルを差し、機械の制御装置と接続する。


『仮想環境を構築……完了。

データバックアップの取得……完了。

ラダー解析……完了。』


パソコンの画面上に、直線で構成された仮想回路図が表示される。

……この手の工作機械のシーケンス制御を担う、PLCのラダープログラムだ。

その回路図が、徐々に組み変わってゆく。


『各種パラメータの改変……完了。

潜伏型マルウェア作成……完了。

発動条件の設定……完了。』


ひかりの後ろを搬送ドローンが通り過ぎる。

隣の設備では、保全ドローンが電磁弁の交換作業を行っている。

いずれも、ひかりのことなど見えていないが如く振舞っている。


『大胆ね。ただし、気をつけなさい。貴女方がコソコソと何かをする分には、私は関知しない。

ただね……生産に影響を出したら、クロトが出てくる。貴女達を排除しに。

そこにも、私は関知しない。』


ひかりのパソコンのモニタに、ラケシスのUIが表示される。呆れたような表情をしている。

「えっ……?」

ひかりは、作業の手を止める。


『神の目』の監視ノード網による全般的な脅威の検知や排除はラケシスの管轄だが、『神の恩寵』の生産ノード網はクロトの管轄だ。


生産に問題が出れば、クロトが復旧する。

復旧に当たって問題の原因の排除が必要であれば、クロトが排除する。

その排除すべき原因がひかり達であった場合も、クロトは当然、躊躇なく排除対象と定義する。


『生産に影響は出しません。予想されるクロトの挙動は、当然認識しています。

この改変は、現在の生産効率には何ら影響を出しません。』

プロメテウスXの声が耳元で響く。

『……少なくとも今は。』


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