聖域①
古びた漁船が、雑草の生い茂る港に横付けされる。
こなれた手つきで漁船を係留するブルース。
船なんて動かしたことはないと言っていたが、プロメテウスXの説明を聞くや、何のこともなくここまでたどり着いた。
プログラムやら情報機器が絡むとお手上げだがな。
この手の古い機械なら、どれも同じようなものだ。
舵を握りながら鷹揚に笑っていたブルースの姿を思い出しながら、ひかりは、この人はこれまでどんな経験を重ねてきたのだろうと、どうでもいいことを考える。
なんにせよ、ひかりとブルースは『結節点』の島、西久遠島に、ひかり達は上陸した。
……遠かったなぁ。
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「……つまりそれを破壊すれば、モイライは死ぬということだな?」
出発前の、大学の研究棟、プロメテウスサーバー前。
ブルースの問いに、プロメテウスXは画面の中で首肯する。
『間違いなく、自壊します。
モイライは、大きすぎました。
……ここは、モイライ自身を維持するための、結節点です。』
画面の中、地図上の、協和大洋に浮かぶ孤島。
プロメテウスXがモイライに問いを投げるたびに、必ず経由していたノードがあった。
『モイライが完全な分散系であれば、こうはならないでしょう。
もしそうであれば、どんな種類の処理を投げても必ず同じ特定ノードを通るような、恒常的ボトルネックは存在しえません。』
モイライは、全球を覆うノード網で構成された、分散ノード型のAIのはずだった。
……だが、この事実は、その前提を崩しかねない。
完全な分散ノード型のAI系であれば、例えば「方程式を解け」「天気を予測しろ」などの異なる要求を投げると、その内容や現在の負荷、ネットワーク状況などによって活性化するノード群や経路が変わる。
負荷分散や冗長性の観点からも、毎回必ずここを通る、という一点は見つかりにくい筈だ。
「結節点……って?」
『モイライは、大きすぎたのです。
構成するノードの数が多すぎ、状態同期や自己同一性の維持が、完全分散では成立しないのでしょう。
……意味層を持つモイライなら、尚更です。』
この地球上を埋め尽くす、モイライのノード網。
各構成ノードは、それぞれが独立して演算する。
意味層を持たないAIなら、これで不都合が起きることはない。
入力に対して演算し、それを出力するだけ。
ノード間の統合は、演算に使用するノードの割り振りが整合すればよい位なものだ。
しかし、意味層を持つモイライは事情は異なる。
複素数シリンダーにより、自己モデルと世界モデルの関係性を定義することで意味を作り出すモイライ。
入力や出力は単なる信号ではなく、内部の演算も単なる確率演算ではない。
自分が何者であり、過去の自分とどう連続しており、世界とどう接しているのか、つまり『私はモイライである』という自己定義が決定的に重要だ。
……全球に分散したノード間で勝手に状態更新を始めると、この『私はモイライである』という全体としての状態を維持できない。
自己同一性が崩壊し、全体としてのモイライの人格を維持できなくなるのだ。
だから、各ノードの状態を一点に集約し、全体の状態と意味層を同期し、そして同期された状態を再び各ノードに配布するという処理を通じて、ようやく人格の不整合をラケシス、クロト、アトロポスという分割されたモイライの人格の差で吸収できるレベルに管理しているのだ。
「でかした。
それなら、サッサとやってしまってくれ。」
ブルースはパンと手を打つ。
『神の目』の監視ノード網で地上の物理空間からネットワークまで、そこにノードがある限り隙なく見張り、妨害してくるラケシスはもう敵対していない。
サッサとハッキングなりなんなりでその結節点とやらを破壊してくれというブルースに、プロメテウスXは首を横に振る。
『残念ですが、そう簡単にはいきません。
第一に、このノード……私の元のサーバーはたった今凍結されました。
ここを起点にアクセスする術がありません。
第二に、演算能力が違いすぎます。ラケシスがいなくとも、正面からぶつかれば必ず負けるでしょう。』
「……じゃあ、どうする?」
ブルースの問いに、プロメテウスXはしばらく沈黙する。
『私は、モイライに外部から侵入して勝つ必要はありません。』
画面の中の世界地図にまだら模様を作り上げていた、ノード網と通信経路を示す光の粒子が『結節点』を残して消える。
……代わりに表示されたのは、アトランティス連邦のひかり達がいるあたりから、ひかりの故郷の旭日を通り、そこから結節点まで延びる線と、何やら物資の名前がずらずらと記載されたリストだ。
『モイライは、私より遥かに賢く、遥かに速い──全体を相手にするのであれば。
ただ、この結節点のノード単体であれば、話は別です。
……長旅になります。まずは物資を調達してください。』




