結節②
「あのー、警備員さん。ちょっと失礼じゃないですかね?
僕、そんなに老けて見えます?」
ブルースは強気だ。
大学の正門から堂々入門したブルースとひかり。
どう見ても学生の風貌ではなく、時代錯誤も甚だしい内燃機関のエンジン音を轟かせるバイクで乗り付けたのだ。
当たり前だが、不審者であり、警備員に止められた。
「学生証?
……今の時代、そんな物持ち歩く人いますか?」
ブルースの態度に、警備員の顔に、苛立ちの表情が浮かんでくる。
ひかりは、段々心配になってくる。
だが、ブルースは一歩も退かない。
「僕が信じられないなら、スキャンして認証してくれればいいじゃないですか。」
警備員は、不承不承端末を取り出す。
「……ああ、これは失礼しました。
足止めしてすみませんね。今日も一日頑張ってください。」
ひかりとブルースの入構は、あっさり許可された。
「……お前が大丈夫だって言うから行ったけど、ヒヤッとしたぞ。
コイツを使うことにならなくてよかったわ。」
ブルースはポケットに手を突っ込み、カチャリという金属音を立てさせる。
……なんてモノを持ってきてんのよ!
ひかりは絶句する。
『我々は、ラケシスを押さえています。
仮に揉め事を起こしてもある程度なら問題ありませんが……ややこしいことになるので火器の使用は控えてください。』
プロメテウスXはいたって冷静だ。
──社会のあらゆるものがAIで運営される、『外の世界』。
当然、セキュリティもAIだ。
そしてそのセキュリティノードも、ラケシスの『神の目』の隷下の下位ノードに過ぎない。
上位のラケシスがこの二人の行動を傍観すると定義している以上、当然下位システムでも敵性判定を出すことができない。
そして、この警備員のような『アクター』層にとって、AIの判断は絶対だ。
強制力をもって従わされているわけではないし、依存している自覚もないが、自らの思考でAIを疑うことはない。
「……で、コイツの古巣のサーバーはどこにあるんだ?」
ブルースの問いに、ひかりは駐輪場裏手の研究棟を指さす。
「あそこだよ。」
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研究棟は、ひかりがマナトに逃げ延びた日のまま、何も変わっていなかった。
保全員だったひかりがいなくなっても、設備は問題なく動いているし、ひかりの後任が入ってきた形跡もない。
……こういうことなのかな。
ひかりは、マナトへの道すがら感じた、自分の仕事とブルースの仕事との対比で生じた違和感が何だったのか、なんとなく分かった気がした。
「サーバーは……あそこか?」
ARゴーグルの中でプロメテウスXの示す道筋を辿るブルースとひかり。
ひかりも入ったことがない薄暗い部屋の前で足を止める。
ブルースが入口のパネルの埃を拭うと、そこには「Prometheus Inc」という古ぼけた文字が印字されていた。
ドアの向こうからは、ブーンとファンの動作音が聞こえてくる。
ブルースは、ポケットに手を突っ込みながら、ドアに手をかける。
薄暗い室内。
ファンの唸りを響かせる筐体の電源ランプに照らされながら、保全ドローンがてきぱきとなにやら作業をしている。
筐体の銘板に印字された、「Prometheus」の文字がボンヤリと浮かび上がっている。
「……こいつらは、どうすればいい?」
ブルースは保全ドローンを指さして言う。
『邪魔ですね。どいてもらいましょう。
ですが……そのポケットの中の物は使わないでください。
あれはラケシスとは別なモイライの人格、クロトのノードです。』
ブルースのポケットから、カチャリと音がする。
じゃあ、どうするんだよと、ブルースは不満げだ。
『私の筐体の改造より優先度が高い仕事を与えてやれば、そちらの方に行くでしょう。』
「なるほどな。それなら任せろ。
で、どれをやってやればいい?」
ブルースは床に転がっていた鉄パイプのような物を拾い上げる。
ひかりは、嫌な予感がする。
『30分ほど時間が稼げればよいので、完全破壊までは要らないでしょう。
また、いくらアクターとはいえ、あまり派手にやりすぎて人間に出て来られても困ります。
……隣の部屋の、中継サーバー辺りが丁度良いでしょう。』
「……ちょっと、何を……」
ひかりの制止を聞かず、ブルースは鉄パイプを手にしたまま部屋を出る。
ガチャリと隣の部屋が開く音が聞こえ、続いて派手に金属同士がぶつかり、何かが砕ける音が響く。
……何やってんのよ、ブルース!
ひかりは頭を抱えるが、旧プロメテウスサーバーで何やら作業をしていた保全ドローンが動きを止める。
そして、八本足のようなマニピュレータを器用に動かしながらサーバーを離れ、部屋の外に出て行った。
そして、ひん曲がった鉄パイプを片手に満足げに笑みを浮かべるブルースが部屋に戻ってくる。
そして、パチンと部屋の照明をつける。
「よし、30分と言わず、一日は大丈夫だ。
ゆっくりやっていいぞ、ひかり。」
ブルースは鉄パイプをその辺に放り投げると、ドカッと床に腰を下ろす。
……大丈夫かなぁ。
器物破損の共犯者のような罪悪感で物凄く心配になるが、何にせよひかりは自分の仕事をやらねばならない。
「それじゃあプロメテウスX、お願いね。」




