9 お化粧したことある?
長官であるレイチェルは、それらの持ち出しに厳しい統制を敷いている。
例えば、衣類は年に一度の誕生日に、ひとり十点までというように。
今日は、チョットマとサリ、そしてイペの誕生日なのだった。
「さあ、そろそろ選びましょう」
イペが、いつまでも化粧品のコーナーを離れないチョットマの腕を引っ張った。
「今日は衣類の日。向こうよ」
「帰りにまた見に来る」
「そんなに興味ある?」
「当然じゃない」
「でも、こういうものは持ち出しできないわ。レイチェルは厳しいから。化粧品はきっと今年のクリスマスね。ひとり三個まで、って感じじゃない?」
「三個かあ」
イペが優しく笑った。
「チョットマは、今までお化粧、したことある?」
「ぜんぜん」
ニューキーツ東部方面攻撃隊の隊員だったチョットマには縁がなかった。
隊員でなくても、今までのチョットマなら、きっと興味を持たなかっただろう。
「どういう風の吹き回し? こういうものに関心を持つなんて。さては」
「そんなんじゃないって!」
イペがまた微笑んだ。笑みが優しい。
「そうねえ。女の子だから、興味があって当然よね。好きな人がいてもいなくても」
イペは、仕事場の同僚であり、新しくできた友達である。
ンドペキ社長のもとに、二人の社員。いやがうえにも仲良くなる。
チョットマから見れば大人の女性だが、きさくに話しかけれくれる。
お姉さんのような存在だ。
「イペはいつもきれいよね」
「そう?」
まんざらでもないのか、イペは髪を軽く振ってみせた。
「それってどうやるの?」
「今度教えてあげるわね」
イペの黒い髪。
濡れたような艶があり、巻き髪にすることにこだわっている。
「さあ。制限時間内に選ばなきゃ」
「ええっ、それ取るの?」
衣料品のフロアを歩き回ること一時間。
「だめ?」
「それって必要?」
名残惜しく、チョットマはマリンブルーのつば付き帽子を棚に戻す。
「ここをどこだと思ってるのよ。地下二百メートル。帽子はいらないでしょ」
「ふう! 私の髪に似合うと思ったんだけどな!」
太陽を見たい。星空を見たい。
朝焼けも夕焼けも。
森の木々も、流れる雲も。
吹きすさぶ風も、降りしきる雪も。
そう思う気持ちは日増しに強くなっていくが、いかんともしがたい。
チョットマは大げさにため息をついた。
ここからいつ出ることができるのか、誰にもわからない。
だからこそ、レイチェルは物資のばら撒きはしない。
自分達には、まだほとんど何も生産することができないのだから。
「じゃ、これを」
「賢明な選択ね」
チョットマは白いフリルのついたレモン色のTシャツを袋に押し込む。
イペが溜息をついた。
「さすがに気が滅入るわね。ここが寒いところじゃなかったからよかったものの。スミヨシファーム、調子はどうなのかしら」
キョー・マチボリー船長が中心となって、宇宙船スミヨシを生産基地に変えようとしている。
とりあえず、植物由来の食料品は何とか作れるようにはなり、量産体制を目指している。
シップはスミヨシファームと改名された。
しかしまだ、ハンカチ一枚、パンツ一枚作ることができない。
「後、三つ、どれにする?」
イペもサリも選び終わって、うろちょろするばかりのチョットマについてくる。
「じゃ、これ」
「いいわね。靴下三足セット」
「それからこっちも」
「その調子。おっ、かわいいね、これ。ブラペアショーツ2組セット」