67 あの話、してくれないか
「お父さん」
アヤが呟いた。
目尻が濡れている。
「ごめんなさい」
「何が?」
「おとうさんを忘れてしまって、本当に辛い思いをさせてしまった」
「おいおい、もうそれは済んだことやんか。それに謝ることやない。僕を見つけ出してくれたんはアヤちゃんやんか」
「でも、もう絶対忘れないって、言い切れない。あの頃だって、そんなことになるとは、夢にも思ってなかった。だから」
「だから、もういいんだよ。誰もが不安を抱えてる。この僕やって、もうアギとちがう。記憶も薄れていくし、この身体かて、いつ壊れるか。明日はもう、指一本動かせないかもしれへんねやから」
イコマは焦った。
誕生日会にこんな湿っぽい終わり方はない。
なにか、別の話をしなければ。
「チョットマ、あの話、してくれないか」
「なにを?」
腰を浮かせかけたチョットマは、再び椅子に腰かけている。
「トゥルワドゥルーがレイチェルのシェルタに出没してるらしいって話。早く寝たいやろけど」
苦し紛れの話題。
これとて楽しいはずの会に話すようなことではない。
これ以上詳しく言いようがない、と言いつつチョットマが話してくれたことは、確かに雲を掴むような話だった。
噂が噂を呼び、その末端で聞きかじってきた話である。
中に真実は一片もないかもしれない、そんな話だった。
トゥルワドゥルーがレイチェルのシェルタへ通じる通路から出て来るところを見た。
それも一度や二度のことではない。
どことなく人目を避けているように。
一人で。いや、二人いた。と、噂には二パターンある。
それに誰が目撃したのかも不明。
ただ、それだけのことだった。




