31 当時は、長官付きのスパイだったマスター
イエロータドがカウンターからホールに踊り出てきた。
そこそこ広いホールだが、巨体がチョットマの視界を半分以上塞いでしまった。
「定刻になりました!」
野太い声が岩壁に木霊する。
「お待たせをいたしました! ヘルシード一周年記念パーティを始めたいと存じます!」
「おお!」
「待ちくたびれたぞ!」
「もう、とっくに飲んでるけど」
などと声が掛かり、イエロータドがもったいぶって咳払いをした。
いつものように、黒い特大のベストにこれも特大の赤い蝶ネクタイ。
レイチェルのSP。
以前はハワードはじめアンジェリナ、ニニなど十人ほどいたが、今はマリーリひとりだけ。
彼らはアンドロだったが、このバーのマスターも例外ではない。
当時は、長官付きのスパイだったイエロータド。
長官に直接的であろうが間接的であろうが、危害を及ぼす恐れのある者を排除する任務。
ニューキーツ正規防衛軍将軍ロクモンがイエロータドの配下によって銃殺されたのは、忘れもしない、あのレイチェルのシェルターでの出来事。
しかしもう、過去のこと。
チョットマがその後感じていた、このバーのマスターへの嫌悪感は完全に消えていた。
任は解かれたと聞いているが、表向き、ということなのだろう。
スパイが、まだ現役で諜報活動をしています、というはずもない。
「皆様のおかげをもちまして、このヘルシードもユーペリオンの歩みと共に……」
「演説はいらんぞ!」
野次に動じるイエロータドではない。ニタリと笑う。




