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楽園の獣  作者: 静原律
第一章 命をつなぐ街

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第8話「四人で開く道」

 巨角人(ミノタウロス)の指揮官の大斧(おおおの)が、倒れた味方の兵へ落ちた。


 アキスは横から走り、刃の下ではなく、斜めになった刃の腹へ盾を差し入れた。重さが左腕へかかる。押し返せない。盾を外へ傾けると、刃が金属を削り、兵のすぐ横へ落ちた。


 石畳が砕けた。兵は地面を蹴(け)って後ろへ逃れ、仲間に襟(えり)を引かれる。アキスも盾を抜こうとしたが、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が斧(おの)を横へ振った。金属の端が曲がり、左腕ごと引っ張られる。


 左の護衛が、両手の戦槌(せんつい)をアキスの頭上へ振りかぶった。


「ルーシャ!」


 低く駆けたルーシャが、護衛の横から脚へ迫る。護衛は踏み直し、戦槌(せんつい)を彼女へ振り下ろした。ルーシャは横へ跳んだ。重い鉄の頭が石畳を砕く。


「デンバル!」


 大盾を構えたデンバルが、彼女の横へ入った。身を低くして右手を伸ばし、地面から持ち上がりかけた戦槌(せんつい)の柄(え)をつかむ。


「縮装(しゅくそう)!」


 長い柄(え)が縮み、鉄の頭も小さくなった。護衛の片手から柄(え)が抜け、指が何もないところを握り込む。


 それでも護衛は武器を落とさなかった。片手で短い戦槌(せんつい)を振り上げ、デンバルの盾を殴る。金属が鳴り、デンバルの足が後ろへ滑った。小さくなっても、重さは失われていなかった。


 ルーシャは盾の横を抜け、護衛の手首へ爪(つめ)を振った。血が飛び、戦槌(せんつい)が石畳へ落ちる。隣の護衛が伸ばした大斧(おおおの)の刃を、デンバルは盾を傾けて外へ滑らせた。


「もう離れろ、ルーシャ!」


 味方の正規兵が二人の横から入った。武器を落とした護衛へ剣を向け、隣の大斧(おおおの)を防御魔法で止める。デンバルが右手を引くと、地面の戦槌(せんつい)が元へ戻った。拾おうと伸びた護衛の腕へ、正規兵の剣が落ちる。


 ルーシャが離れるまで盾を残し、デンバルは南の店の壁際へ下がった。壁に見える戸口の横に立ち、屋根へ向けて防御魔法を張る。上から投げられた石がその面を滑り、店の前へ落ちた。


 護衛が下がる。アキスはルーシャとは反対側から巨角人(ミノタウロス)の指揮官へ迫り、胸当ての下を狙って剣を伸ばした。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は身体をひねり、厚い金属の正面で刃を受ける。柄(え)を握る両手が端へ寄り、刃が後ろへ引かれた。


「砕陣(さいじん)!」


 アキスは盾を構えず、地面へ身を投げた。頭上を通った刃が建物の角へ食い込み、拳(こぶし)より大きな石が壁から落ちる。巨角人(ミノタウロス)の指揮官が柄(え)を引き戻す間に、アキスは転がって離れ、起き上がりながら西の空き地へ下がった。


 ルーシャが左から膝(ひざ)へ迫った。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は脚を引かず、大斧(おおおの)の柄(え)を低く突き出して、彼女の回り込む先をふさいだ。ルーシャが前脚をついて止まる。その顔へ、引き戻された柄(え)の端が迫った。


 デンバルの張った防御魔法が、アキスへ投げられた石を止めた。その下を走り、アキスは西から剣を伸ばして巨角人(ミノタウロス)の指揮官の右腕を狙った。腕の金具で弾かれたが、ルーシャへ向かう柄(え)もそれた。彼女は身を低くして抜け、アキスの左へ走り寄った。


 アキスはまた右から剣を入れた。腕の金具に弾かれても下がらず、今度は脇(わき)を狙う。足を据えるたびにどちらかが側面へ入れば、地面を踏み込む構えを崩せる。だが、近づくたびにあの刃が戻ってくる。


 西へ退いたアキスの顔を、大斧(おおおの)の柄(え)が追った。盾で受けると、腕ごと胸へ押しつけられた。息が詰まり、次の一歩が遅れる。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官の両足が、石畳を捉えた。


「震踏(しんとう)!」


 アキスは横へ跳んだ。持ち上がった石に足を取られ、盾を地面へつく。その頭へ落ちる大斧(おおおの)を、ルーシャが横から腕ごと押した。大きくはそれない。それでもアキスが転がり出るだけの場所は空いた。


「アキス、起きて!! 早くっ!!」


 刃が肩のすぐ横へ食い込んだ。アキスは地面を蹴(け)り、引き戻される柄(え)を越えて立つ。すぐ南に、スミナが隠れている店があった。


 アキスは南へ走った。ルーシャもすぐ横を駆け、二人で店の壁際まで戻る。デンバルは戸口の横で盾を構えている。振り返ると、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が二人を追い、大斧(おおおの)を持ち上げていた。


「今だ!」


 南の戸口から、スミナの声がした。


「傾界(けいかい)!」


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官の身体が北へ傾き、両足が石畳を滑った。割れた石も倉の壁へ向かって転がっていく。


 壁へぶつかる前に、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が大斧(おおおの)を振り下ろした。地面に開いた割れ目へ刃が食い込み、両腕が伸びきる。長い柄(え)がきしんだが、刃は抜けなかった。


 石畳へ足を押しつけ、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が顔を上げた。


「屋根の兵! 南の店を潰(つぶ)せ!」


 声のした戸口へ目を向けている。アキスが頭上を見ると、屋根にいた岩翼人(ガーゴイル)たちが、店の前へ一斉に石を投げた。


 デンバルが防御魔法を高く張った。光の面へ大きな石がぶつかり、端を抜けた石が盾を打つ。彼は片膝(ひざ)をつき、盾の上端を右手で支えた。


 空き地では、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が柄(え)を握り直していた。引かれている身体を、両腕の力で少しずつ刃の方へ戻してくる。


「止まった!? スミナ、斧(おの)が刺さってる! 引っかかって動かない!」


「なら、横へ! 東へ変えるから、刃が抜けたら呼んで!」


 倉へ転がっていた小石が、東へ曲がった。巨角人(ミノタウロス)の指揮官の脚も横へ流れ、刃を支点に身体が回る。握った両手ごと柄(え)が倒れ、地面へ刺さった刃が横へねじれた。


 刃を挟(はさ)んでいた石が割れた。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は片手を地面へついたが、押さえた石ごと東へ滑る。


「抜けた!」


 大斧(おおおの)が持ち上がった。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は地面へついた手を柄(え)へ戻したが、身体はまた北へ引かれた。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官は肩を壁へ向けた。激しい音がして、胸当ての横と曲げた左膝(ひざ)が石壁を打つ。腰まで壁へ押しつけられ、まだ立ち上がれない。


「戻して!」


 引きずられていた小石が、地面へ落ちた。巨角人(ミノタウロス)の指揮官も壁際へ崩れる。左足をついて立とうとしたが、壁に打ちつけた膝(ひざ)が折れた。顔をゆがめ、右脚へ体重を移す。その身体へ、西から矢が走った。


 一本は胸当てに止められた。もう一本が肩の金具の下へ入り、巨角人(ミノタウロス)の指揮官は柄(え)から片手を離して防御魔法を張る。


 アキスが踏み出すと、店の前でまた盾が鳴った。デンバルは頭上へ盾を向けたまま動けずにいる。三人では入れない。壁際では、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が右脚に力を込め、立ち上がろうとしていた。


「ルーシャ、行くぞ!」


 ルーシャが南側を走り、空き地の東へ回った。アキスは正面から剣を向け、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が立ち上がる前に間合いへ入った。


 上げられた腕の下へ剣を入れる。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は身体をひねり、胸当てで刃を受けた。大斧(おおおの)を両手で握り直し、砕陣(さいじん)と同じ構えで刃を後ろへ引いた。


 振りかぶる途中で、刃が背後の壁へぶつかった。腕を引ききれず、腰も回せない。


 ルーシャが東から脚へ迫る。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は柄(え)を短く持ち直し、彼女の前脚を払い上げた。


「誰か、屋根を射ってくれ!! くそっ、ここから出られない!」


 デンバルの声がした。西の射手が上へ弓を向け、店を狙っていた岩翼人(ガーゴイル)へ矢を放つ。敵は翼を広げて隣の屋根へ飛び移った。次の石が来る前に、デンバルが南から走り込んでくる。


 アキスの横へ大盾を出し、右手を大斧(おおおの)の柄(え)へ伸ばした。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官は、伸びた手を見るなり武器を引いた。デンバルの指が届く前に、右足が盾を蹴(け)りつける。


 盾の上端がデンバルの顎(あご)へ当たった。後ろへよろめき、伸ばした右手が下がる。だが、巨角人(ミノタウロス)の指揮官も傷めた左脚だけでは立てず、膝(ひざ)を曲げた。アキスはその横から胸当ての下へ剣を突き込んだ。


 刃が腹へ浅く入った。巨角人(ミノタウロス)の指揮官の肘(ひじ)が落ち、剣を持つ腕を外へ押しのける。アキスは引き抜いた剣を戻し、大斧(おおおの)の刃の位置を探した。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官は、壁から離れようとしていた。立ち上がった左脚が震え、すぐには伸びきらない。それでも右足で前へ出て、長い柄(え)をアキスの胸へ突き出した。


 盾を傾けて外し、南の店の前まで下がる。デンバルも口元の血をぬぐいながら南へ退き、店の前で盾を構え直した。その後ろの戸口には、スミナが隠れている。ここまで出させれば、また自由に大斧(おおおの)を振られる。


 アキスは足を止めた。もう一度近づこうとした時、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が大斧(おおおの)を頭上へ持ち上げた。


 刃は届かない距離だった。投げるつもりだ。


「デンバル、盾を!」


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官の両腕が振られた。


 武器が手を離れる。アキスは盾を上げながら横へ身をひねった。これで受けたら腕ごと折られる。それでも、背後の戸口へ通すわけにはいかなかった。


 店の前にいたデンバルが、アキスの声で踏み出した。


 デンバルはアキスの前へ大盾を斜めに差し出し、右手でも裏を押さえた。大斧(おおおの)が中央へ当たり、金属を深くへこませる。


 それた刃が、戸口の横の石壁へ刺さる。デンバルは盾ごと後ろへ倒れ、壁の幻を突き抜けた。奥で受け止めようとしたスミナも地面へ転がる。戸口を隠していた幻が消え、二人の姿が通りへさらされた。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官が角を向けて迫る。左脚を引きずっているが、剣を握り直す間もないほど速かった。


 ルーシャが東から飛びついた。太い前脚が肩の金具をつかみ、爪(つめ)が首へ伸びる。巨角人(ミノタウロス)の指揮官は彼女の腕をつかんで引きはがし、店の壁際へ振り落とした。ルーシャの背が石畳を打ち、身体が転がる。


 アキスは駆け寄ろうとして、足を止めた。先に巨角人(ミノタウロス)の指揮官を止めなければ、ルーシャも、戸口の二人も守れない。


 もう一度地面を踏み込もうと、巨角人(ミノタウロス)の指揮官が足を開く。壁に打ちつけた左膝(ひざ)が曲がった。そこへアキスは踏み込んだ。


 首へ伸びてきた腕の内側を切る。巨角人(ミノタウロス)の指揮官の手が開き、頭が低くなる。角の外側へ身を寄せ、胸当ての上から首へ剣を突き入れた。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官の腕が、左の盾を横から殴った。


 金属の裂ける音がした。盾の内側が肩へ食い込み、アキスは身体ごと飛ばされた。剣の柄(つか)から指が外れ、膝(ひざ)が石畳を打つ。左腕を上げようとすると、肩に熱い痛みが走った。


 巨角人(ミノタウロス)の指揮官は首の剣へ手を伸ばした。指が届く前に片膝(ひざ)をつき、前へ倒れる。大きな身体が動かなくなっても、アキスはすぐに立ち上がれなかった。


「巨角人(ミノタウロス)の指揮官を倒した! 押し返せ!」


 味方の兵が前へ出た。敵の護衛を押さえていた味方の部隊が中央へ入り、射手は屋根の敵を狙い続ける。倒れた巨角人(ミノタウロス)の指揮官を取り戻そうと、大斧(おおおの)を両手で構えた敵が迫り、壁から抜けた幽体人(レイス)が後ろを狙う。味方の術者たちが道の両側に防御魔法を張り、進みかけた敵を止めた。


 アキスは無事な右手を地面につき、立った。スミナがデンバルの盾を持ち上げようとすると、彼の身体も引かれた。


「ああっ、待って!! 腕、腕がついてる、まだ……!」


 スミナは盾を下ろし、裏へ手を差し込んだ。革を引こうとして、また止まる。デンバルが息を詰めていた。


「ご、ごめん! ここ? ここなら――」


「やめてくれ……ちょっと、待って。何も、持たないで……」


 近くにいた味方の兵がしゃがみ、盾の留め具を緩めた。スミナは盾を押さえるだけにして待ち、兵が腕を抜いてから、デンバルの無事な右手を取った。


「左手は動かすな。まず祈り堂へ戻れ」


 デンバルは左腕を抱え、何度も浅く息をした。立たせてもらうと、足では身体を支えられた。スミナも頬(ほお)をこすり、彼の右側へ回る。


 ルーシャは壁に手をついて起き上がっていた。獣の手足を戻し、脇腹(わきばら)を押さえて歩いてくる。


「それ、もう駄目だよ。アキス、腕を抜いて。持ってるから……ゆっくりね」


 ルーシャが盾を下から支えた。アキスは右手で腕の帯を外した。金属板は内側へ折れ曲がり、持ち手も根元から折れている。ルーシャは壊れた盾を、店の壁際へ置いた。


「さっきは、ありがとう。あそこで飛びついてくれたから――」


「へへ……もっと言って。あ、デンバルにもね。私だけだと、すねるから」


 ルーシャは得意そうに笑ったが、すぐに身をかがめ、脇腹(わきばら)を押さえた。


「いっ……たたた! 待って、あとで! 今、笑えない……!」


 アキスは倒れた巨角人(ミノタウロス)の指揮官から剣を抜いた。デンバルの大盾は、味方の兵が道の端へ寄せていた。


 避難者の列が動き始める。四人の前を、荷物を捨てた人や、子供を抱いた人が通り過ぎた。東門までは、まだ味方の兵が戦っている。けれど、先ほどまで誰も進めなかった大通りを、人が歩いていた。


「戻ろう」


 スミナが祈り堂を見た。


「母さんのところへ……祈り堂の人たちも、まだいるから。デンバル、歩ける? 急がなくていいから」


 アキスはデンバルの歩く速さに合わせて、西へ向き直った。


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