第7話「東門への道」
東門へ続く大通りへ、北の横道から敵の部隊が出てきた。先頭は祈り堂の方へ向きを変え、後ろの兵も次々に横道を抜けてくる。
巨角人が、大斧や戦槌を両手で構えていた。隣の武器とぶつからない間隔を取り、前の兵が振り終わると、後ろの兵がその横へ出る。屋根には岩翼人が降り立ち、通りへ出る兵に石を投げていた。祈り堂を出た住民は建物の壁際へ押し寄せ、進むことも戻ることもできずにいる。
味方の兵が避難者を引き戻し、通りの中央へ防御魔法を並べた。頭上から落ちる石を受け止め、その下を別の部隊が進む。光の端から足を差し入れようとする敵へも、射手が矢を向けていた。
敵の列が左右へ開いた。
中央から現れた巨角人の指揮官は、ほかの兵より頭一つ高かった。額から伸びた二本の角が前へ曲がり、太い首を金属の胸当てが下から囲んでいる。長い柄を両手で握った大斧は、刃だけでアキスの胴を隠せそうだった。
「屋根の者は、射手を抑えろ。地上は私に続け」
巨角人の指揮官の声で、屋根の敵が狙いを変えた。味方の射手へ石が降り、弓を引く手が止まる。その間に巨角人の指揮官は両足を石畳へ据えた。
「震踏!」
地面を衝撃が走った。石畳が次々と浮き、味方の兵の足をすくう。立っていた防御魔法まで傾き、その一部が消えた。巨角人の指揮官は倒れた兵へ踏み込み、大斧を振り下ろした。
金属の盾がへこみ、持っていた兵がその下へ沈む。横から突き出された剣を、巨角人の指揮官は腕の金具で払い、別の兵を斧の柄で殴り倒した。
アキスは走りかけた。頭上で石の崩れる音がして、足を止める。落ちてきた塊が、目前に張られた防御魔法に当たって砕けた。
「出ちゃ駄目! 屋根にもいる!」
スミナが隣にいた。父のそばに残っていると思っていたアキスは、彼女の顔を見た。
「スミナ、母さんと一緒にいたんじゃ……」
「メイハたちと、入口にいるよ」
スミナは両手を下ろさずに話した。指先が震え、光の膜もわずかに揺れている。アキスは、祈り堂へ戻った方がいいと言いかけた。
「戻れって言わないで。……私だって戻りたい。でも、母さんまであそこに閉じ込められたら……そんなの、もう嫌だよ」
言葉の終わりに声が細くなった。アキスは彼女の前から退き、二人で通りを見た。
ルーシャがデンバルを連れて戻ってきた。家族を避難の列へ入れたが、出発する前に列が止まってしまったという。
「ふざけんなよ……東へ行けって言ったのに。あそこへ逃がしたの、俺なんだぞ!」
デンバルは祈り堂の入口を見た。そこへまた、負傷兵が運ばれていく。
「横道は?」
ルーシャが建物の間をのぞいた時、路地から味方の兵が後退してきた。追ってきた幽体人が壁を抜け、兵の背後へ回り込む。術者が防御魔法を張って間に入り、剣を持つ兵を通りへ押し出した。そのまま、避難者を誘導する兵へ叫ぶ。
「避難者を路地へ通すな! 敵が壁を抜けて、後ろへ回ってくる!」
その声を聞き、ルーシャも大通りへ戻った。走れる四人だけなら、建物を越える道もあるかもしれない。だが、メイハやデンバルの家族を連れて同じことはできない。
アキスが目を戻すと、巨角人の指揮官は大斧の柄で正規兵の剣を払い、続く射撃を防御魔法で止めている。援護しようとした味方の兵が横へ回ると、左の護衛が両手の戦槌を振った。兵は身を引いたが、別の護衛の大斧が退く先へ伸び、盾の端を削った。
力で押し合えば勝てない。距離を取っても屋根の敵に狙われ、魔法で列を作れば足元から崩される。
正規兵たちが前へ出た。術者が防御魔法を重ね、その後ろへ金属盾を構えた兵が並ぶ。巨角人の指揮官は地面を踏み鳴らさず、大斧を身体の右後ろへ引いた。両手を柄の端へ寄せ、腰を沈める。
「砕陣!」
踏み込んだ右足を軸に、腰と肩が回った。長い柄の先で加速した刃が、一枚目の防御魔法を砕く。二枚目が深くへこみ、術者が両腕を突き出して支えたが、押し切られた。
金属盾の中央が裂けた。構えていた兵が横へ投げ出され、その後ろで支えていた兵も石畳へ倒れる。裂けた盾の裏から血が流れ、術者は腕を下げたまま後ずさった。
刃が通り過ぎた直後、別の正規兵が巨角人の指揮官の左へ入った。胸当ての下へ剣を伸ばす。巨角人の指揮官は大斧を振り戻さず、柄を滑らせて短く握り、兵の顎を端で打ち上げた。剣が落ちる。続けて肘で胸を押され、兵は倒れた仲間の上へ崩れた。
アキスは盾を握る左手を見た。正面で受ければ、盾ごと身体を裂かれる。振り終わるのを待って近づいても、あの持ち替えに追いつけない。
祈り堂と敵の部隊の間には、店の荷物を下ろす空き地があった。北側は石造りの倉で、通りへ向いた壁に窓はない。人々は南側の店の陰へ逃げ込み、空き地には誰もいない。
スミナは、近くの範囲で重力の向きを変える傾界を使える。下へ落ちる力を横へ向ければ、その中の人も物も横へ落ちる。敵だけを選ぶことはできず、味方にも同じ力が働く。
「スミナ、あいつを壁へ落とせないか。傾界で! 倒れてる間なら、近づける」
アキスが北の倉を指すと、スミナは空き地を見た。
「あの空き地まで来れば……でも、あんなところからじゃ届かないよ」
「じゃあ、連れてくる。脚を狙えば、こっちを向くでしょ」
ルーシャが前へ出かけた。アキスは腕を伸ばし、彼女を止める。
「一人で行くなって! 俺は反対から狙う。二人なら――」
「二人とも待って!! 戻る場所も決めてないのに行かないでよ!」
スミナは南の店を指した。
「あの壁際まで戻って。そこなら術から外せる。それと、私が重力を戻すまで、絶対に空き地へ入らないでね」
デンバルが、二人の間から倉をのぞいた。
「立ち上がられたら? またあの大斧が来るぞ」
「壁にぶつければ、あの長いのは振れなくなるんじゃない?」
ルーシャは両腕を横へ引き、すぐ後ろの壁へ肘を当てた。
「短く持って殴ってたぞ、さっき。……俺も行くよ。あの武器を縮められれば、二人ともやりやすいだろ」
「……届くのか、あの武器に」
「届くかじゃない、触らなきゃ始まらないんだよ。ああもう、もっと長い腕が欲しい」
デンバルは腰の袋から、小さくしていた大盾を出した。縮装を解くと、持ち手と革帯まで元の大きさへ戻る。左腕を通し、右手で留め具を締めた。腰の斧は抜かない。
「横は俺が見る。けど、あの刃の真ん前に立つなよ! 山を落とす魔法は、今日は使えないんだからな」
アキスは、先ほど破られた正規兵の盾を見た。
「武器に届かなくても、追うなよ」
「それ、こっちの台詞! 気づいたら二人とも走ってるんだから。盾だけ先には飛ばせないぞ」
ルーシャがデンバルの肩を軽く押した。
「ちゃんと呼ぶから、来てよ」
頭上の防御魔法へ石が落ちた。スミナが腕を上げ直し、光の面を支える。
「私も、もう少し近づきたい。屋根から見えない所がいいんだけど」
南側の店では、奥まった戸口にいた住民を兵が祈り堂へ連れ戻していた。デンバルが大盾を持ち上げ、その入口を見る。
「あの店に入れないか。俺が前にいる」
「戸口を壁に見せれば、隠れられる。でも、私からも外が見えなくなる」
「俺が呼ぶよ。ルーシャが出たのも、ちゃんと見てから」
アキスが言うと、ルーシャはスミナへ顔を向けた。
「私がまだいたら、もっと大きい声で止める!」
「そこで張り合わないで! 聞き違えたら、ルーシャまで壁にぶつけちゃうんだよ」
スミナは戸口から北の倉までを見渡した。
「ぶつかったら、もう一度呼んで。重力を戻すから」
アキスは通りへ目を戻した。巨角人の指揮官の左右には、まだ護衛がいる。左の護衛が戦槌を振り下ろし、隣の護衛が大斧で退く兵を追っていた。
「護衛をどうにかしないと、あの空き地まで出てこない」
「左は私が引くよ。足元へ入れば、その槌を振ってくる」
ルーシャが身を低くした。デンバルも戦槌を目で追う。
「地面へ打たせてくれ。下りたところを触る」
「一瞬だよ? すぐ引き戻すよ、あいつ」
「だから、見逃さないようにするんだろ。駄目なら俺の後ろへ! 突っ込むなよ」
アキスは、近くで部隊に指示を出す正規兵へ駆け寄った。味方の指揮官の背後では射手が入れ替わり、路地から出てくる敵を術者が止めていた。
「左の護衛を崩します。その間に、巨角人の指揮官を引き離せませんか」
「引き離して、どこへ連れていく」
「あの空き地です。仲間が、北の倉の壁へ落とします」
味方の指揮官は倉の壁を見た。アキスは、北の倉と南の店に挟まれた空き地を示し、そこへ入れば味方も壁へ落ちることを伝えた。
「なら、兵は空き地へ入れないようにする」
「護衛も止めてください! そっちまで来たら、俺たち、持ちません。武器を縮めても、力が違いすぎるんです」
地面が揺れた。味方の指揮官は仲間を呼んで身構え、足元を走った衝撃に片膝をつく。起き上がれない兵が、防御魔法の陰へ引きずられてきた。
「引き離したら、護衛はこちらで引き受ける。術を解く前に声を掛けろ。西から射手に狙わせる」
立ち上がった味方の指揮官は、近くの兵を呼んだ。スミナの術が働く範囲を伝え、護衛の左右へ回らせる。射手が西側の建物へ寄ったのを見て、アキスは仲間のところへ戻った。
西からバゼルトの声が響く。祈り堂へ迫る別の部隊を押さえていた。教官が来るまで待っていたら、その前に東の味方が崩れる。
スミナは通りの防御を味方の術者へ引き継ぎ、南側の戸口へ入った。隣の石壁を見つめ、手を上げる。
「留景」
開いた戸口に、石壁を写した幻が重なった。暗かった入口が、隣の壁と同じ石の模様で埋まる。スミナの姿が見えなくなっても、デンバルは入口を向いたままだった。
「スミナ、無理なら呼んでくれ。すぐ戻る」
「私はここに隠れてるから。二人の方をお願い」
壁の幻の奥から声がした。デンバルは大盾を左肩の前へ寄せ、アキスとルーシャの後ろへついた。
「俺が先に出る。ルーシャ、左から頼む」
ルーシャは剣を収めたまましゃがみ、腕と脚を太い獣のものへ変えた。アキスが剣を抜くと、その横を低い姿勢で走り出す。デンバルも盾を構えて続いた。




