第4話「城門に落ちる炎」
翌朝、レムバルの西門を望む丘では、夜のうちに進んできた軍勢が列を整えていた。
上空を巡るのは岩翼人。ざらついた肌と大きな翼を持つ兵たちが、城壁の射手を見下ろしている。地上では、大斧や長い柄の戦槌を両手で持つ巨角人の部隊が道を埋め、その左右を、身体の向こうが薄く透ける幽体人が進んでいた。丘の後ろにも旗が続き、先頭が止まっている間に後続の隊列が追いつく。
同じ旗の軍ではない。それぞれの国や一族から来た指揮官たちは、丘の上に立つ魔角人へ報告を持ち寄っていた。黒い衣をまとい、背の翼を畳んでいる。頭には、左右へ曲がった黒い角があった。
名はオルガスト。帰天同盟の一員だった。
「東の見張りは引きました。昨日の偵察は、六人やられました。……八人で出したのに。生き残った二人が言うには、敵の教官一人に」
岩翼人の指揮官が言った。
「飛行隊を出させてください。今なら、門に集まった術者を上から狙えます」
オルガストは城壁から目を離さなかった。
「術者は私が片付ける。飛行隊には射手を抑えさせろ。門を破ったら祈り堂へ向かえ。地下の原環は生かして渡してもらう」
巨角人の指揮官が、口を開きかけた。あれに土地の魔力を奪われ、故郷の畑は枯れたままだった。だが、オルガストと目が合うと、何も言えずに口を閉じた。
「言いたいことがあるなら言え」
返事はなかった。オルガストは一歩近づいた。
「土地の魔力はもう奪わせん。それでは足りんか? 勝手に原環を殺してみろ。そいつも生かしては帰さん」
巨角人の指揮官は頭を下げ、そのまま動かなかった。
「門が破れたら、北の通りを回って祈り堂の東へ出ろ。正面の部隊と、守備隊を挟め」
巨角人の指揮官はようやく顔を上げた。自分の部隊へ戻ると、大斧を両手で振り上げる。前列の兵が動き、上空の飛行兵も一斉に城壁へ向かった。
城壁から矢が放たれた。飛行兵は広がって射線を散らし、その間を火の弾が追う。地上の部隊が防御魔法を張って進むと、門の上の術者たちが重ねた攻撃で前列を押し戻した。
城壁の上では、低く降りた飛行兵へ射手が弓を向けていた。その背後へ、もう一人の飛行兵が翼を畳んで迫る。射手の胴へ両腕を回し、相手の腕ごと抱え込んだ。隣の兵が剣を抜くより早く、二人の身体が城壁を離れる。
射手を抱えた岩翼人は、塔の屋根より高く舞い上がった。腕の中でもがく身体を持ち直し、頭を下へ向けて投げ捨てる。悲鳴が城壁の外側へ落ち、石敷きの道で途切れた。手足を投げ出した射手は、もう動かなかった。
城壁の術者が頭上へ防御魔法を広げた。飛行兵はその外へ退き、今度は光の覆いのない隣の塔へ向かう。上の敵を追うため、門前を狙っていた弓が持ち上がった。
地上でも、倒れた者を後ろへ運び、別の部隊が前へ出る。オルガストは城壁に沿って広がる防御魔法を見ていた。
「射手から離れろ。門の上を空けさせる」
飛行兵へ命令が伝わるのを待ち、オルガストは右手を上げた。
◇
アキスが鐘の音を聞いたのは、学校へ向かう途中だった。
店の戸を開けかけていた男が、手を止めて西を見る。いつもの時刻を知らせる打ち方ではない。鐘は休まず鳴り続け、通りの兵士が人の列を分けて走っていった。
「建物の中へ! 西の大通りを空けろ!」
アキスは足を止めた。家を出る時、メイハはまだ食器を片付けていた。今、帰れば間に合う。そう思ったところで、横の道からルーシャが駆けてきた。
「アキス!! 門の外、昨日のやつらが……! 空だけじゃない、下にも、道いっぱいに!」
「どこで見た?」
「坂の上から。ずっと向こうまで、列が切れなかった」
彼女の耳が後ろへ伏せられていた。走ってきた息が収まらないまま、今度は学校の方を見る。
アキスは来た道へ一度だけ振り向いた。警報が鳴ったら学校へ集まれと教えられている。住民をどこへ集めるのかも、教官なら知っているはずだった。
「先に学校へ行こう」
二人が着く頃には、正門に正規兵が集まっていた。スミナとデンバルも、生徒の列の中からこちらを見つける。
「メイハは家か?」
デンバルに聞かれ、アキスはうなずきかけて止めた。
「いた。まだ、朝の片付けを……俺、戻る。すぐそこだし」
「待てって! 俺もさっき止められたんだよ。兵が知らせに行くからって。……弟たちだって、家にいるんだ」
教官バゼルトが門の前へ出た。
「住民は中央の祈り堂へ集める。家族を探しに一人で動くな。向かう途中で行き違えば、戻れなくなる」
「メイハは一人なんだ!! ……教官、俺が行けば、すぐ連れてこられます。だから――」
「アキス、聞け! メイハがもう家を出ていたらどうする。家にいなかったら、次はどこへ探しに行くんだ」
家から祈り堂までは、いくつも道がある。アキスが言葉を探していると、デンバルが横から口を開いた。
「……待ってろって、言ってきたか? 俺は何も。朝、普通に出てきちゃってさ」
「俺も、何も……。いつも通りに出てきたから」
デンバルも、弟たちの顔を探すように門の外を見ていた。自分だけが戻りたいわけではない。それで安心できるわけでもなかった。
「東の住宅地にも兵を回す。祈り堂には、家族とはぐれた者が待つ場所を作るそうだ。メイハを迎えるなら、そこにいてやれ」
教官に言われ、アキスは学校の外を見た。兵が家の戸をたたき、荷物を抱えた人々を中央へ向かわせている。その流れにメイハも入れるだろうか。人にぶつからないよう道の端を歩けと、今朝は言わなかった。
西の空で光が弾けた。
学校の門から続く大通りの先に、西門の上部が見える。城壁の上には防御魔法が広がり、飛来する攻撃を止めていた。追い払われた飛行兵が、城壁から離れていく。
「あ、見て! 離れてく! ねえ、あいつら、逃げてるんじゃない!?」
ルーシャが言った。アキスも盾の革帯を握り直した。昨日は教官一人で、あれだけの敵を倒した。今度は城壁があり、正規兵もずっと多い。
赤い光が、西門の上へ生まれた。
光の中に、黒い岩が形を持ち始めた。何もなかった空に、門の幅を覆うほどの大岩が浮かんでいる。その表面を炎が包み、城壁の上では兵たちが頭上を見ながら走り出した。
◇
「墜星炎」
オルガストは手を下ろした。
炎をまとった大岩が、門を覆う防御魔法へ落ちた。光の壁が重みを受けてたわみ、守備隊の術者が下から守りを重ねる。岩の表面で燃える炎は、その魔力を取り込んで膨れ上がった。
術者たちは同じ守りを続けなかった。城壁の左右から岩の側面へ攻撃を集中し、門からそらそうとした。岩の角が砕け、燃える破片が城壁の外へ散った。だが、大岩は傾いただけで、支えていた光の壁を突き破った。
◇
バゼルトが生徒たちの前へ防御魔法を張った。
「伏せろ!」
アキスは盾を抱え、膝をついた。直後、大岩が西門の上部へ食い込んだ。門の上に組まれた石が割れ、岩とともに落ちていく。衝突とともに炎が城壁の上へ広がり、傾いた壁の一部が内側へ崩れた。地面が揺れ、熱い風が大通りを走ってきた。
頭を上げると、西門のあった場所に煙が広がっていた。建物の屋根越しに見えていた塔の角がない。石が落ちる音は、まだ続いている。
誰かが隣で息を詰まらせた。アキスは手の中の盾を見た。昨日まで、構え方を変えれば相手の攻撃を受けられた。その盾で、あの岩をどう受ければいいのか分からなかった。
「生徒は四人ずつで動け。負傷者を中央の祈り堂へ運ぶ」
教官の声に顔を上げる。
「西門へは行くな。大通りの交差点で、正規兵から負傷者を引き継ぐんだ。歩けない者を担いで、祈り堂まで運べ。今は、その手が足りない」
校舎から運び出された布と担架を、生徒たちが受け取っていく。デンバルは縮装で小さくした大盾を袋の中で確かめ、口を結び直した。アキスも腰の剣の位置を直し、盾を背中へ回す。
もう家へ戻るとは言えなかった。祈り堂へ人を運べば、メイハに会えるかもしれない。けれど門の向こうへ消えた兵たちを思うと、自分も剣を抜いて戦わなければという気持ちも残った。
「アキス、こっち! 一人じゃ持てない、肩を貸してくれ!」
デンバルに呼ばれた。大通りから戻った正規兵が、片脚を引きずる兵を肩に担いでいる。下ろそうとしただけで、負傷兵の顔が歪んだ。
アキスは走り寄り、その腕を自分の肩へ回した。思ったより重い。身体を沈めると、デンバルが反対側を支えてくれた。
西へ向かう教官の背中が、人の列の中へ遠ざかる。アキスはそれを追うのをやめ、目の前の兵が足を置ける場所を探して歩き始めた。




