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楽園の獣  作者: 静原律
第三章 森を喰らうもの

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第42話「三撃目の先」

 援軍の先頭が、東の階段を下りてきた。


 アキスの背後で盾が並ぶ。だが、道へ出る前に、敵が横から押し寄せた。先頭の兵が倒れれば、その後ろまで階段へ詰まってしまう。


「ルーシャ、右!」


「見てる!」


 ルーシャが根を越え、味方の前へ出た。敵の槍(やり)を剣で払い、次の兵を止める。


 その間に、ドムガがアキスへ近づいた。


「下がらせろ。階段ごと崩すぞ!」


 声に従い、敵兵が左右へ分かれた。大きな斧(おの)の通り道が空く。


 アキスは正面へ入った。ここで横へ逃げれば、階段の支えを打たれる。振り下ろされるより先に剣を出すと、ドムガは斧(おの)を短く持ち、刀身を受けた。


 空いた左手がこちらへ向く。


 アキスは盾を斜めに構え、足を引いた。魔術の圧力が肩を押す。まともに受ければ転ばされる。盾の端を逃がしても、靴は土の上を滑った。


 ドムガの斧(おの)が続いた。


 避けたつもりだった。だが、踏んだ根の向こうに、自分が思ったほど地面がない。身体が傾き、肩へ鉄の付いた柄(え)が当たった。


 左腕から力が抜けた。


 盾は革帯で腕につながっていた。下へ垂れる重さが、傷めた肩を引く。


 ドムガが踏み込み、斧(おの)を上げた。


 横から、ルーシャの剣が入った。


 砕牙(さいが)。魔力を込めた刃が、斧(おの)の刃元を打つ。金属が鳴り、厚い刃の一部が欠けた。


 ドムガは折れる前に武器を引いた。左手を振り、ルーシャを圧力で押しのける。


 彼女は後ろへ跳んだが、そこへ別の敵の短剣が伸びた。左のふくらはぎが切れ、着地した足が崩れる。


「ルーシャ!!」


「来ないで、前!!」


 アキスは剣を上げた。迫った斧(おの)を受けるのでなく、敵の手首へ刃を当てる。ドムガが少しだけ止まった。アキスはその間に根の横へ戻り、剣を構え直した。


 ルーシャは味方の盾の後ろへ下がっていた。右足で身体を支え、剣先を落とさない。


「アキス、持つ!?」


 彼は答えかけた。大丈夫だと言えば、彼女を安心させられると思った。


 だが、左腕は上がらない。


「長くは無理! 階段を先に空けて!」


「すぐ戻る!」


 ルーシャは近くの兵へ何かを言い、木の盾へ手を当てた。弾面(だんめん)の光が表を走る。


 兵が、仲間と肩を並べて押し返した。


 敵の盾がぶつかると、弾む力が加わった。正面の一人が足を浮かせ、後ろの兵へぶつかる。できた隙間(すきま)へ、援軍の兵が地上から入った。


 ドムガがそちらへ顔を向ける。


 アキスは、その胸へ突きを入れた。


 斧(おの)が刃を押さえる。折れかけた刃元に、細い割れ目が走っていた。


「右手を使わないのか、人間」


 ドムガが剣を押し下げた。


「触れれば勝てるんだろう?」


 腕のことを聞いている。


 アキスは近づかなかった。ここで剣を手放せば、触れるより先に斧(おの)が来る。この相手が使う圧力を、右手で止められると確かめたこともない。


「使ってほしそうには、見えないけど」


 息を継ぐため、言葉が途中で切れた。


 ドムガは笑わず、足を動かした。アキスの右へ回り、傷めた左肩を前へ出させようとしている。


 盾を捨てれば動きやすくなる。だが、帯を外す間はない。


 アキスは左腕を下げたまま、剣の握りを緩めた。腕で振り回さず、足から動く。木剣を取り落とすほど繰り返した、切り返しの始め方だった。


 ドムガが踏み込む。


 一撃目を低く、相手の右足へ。


 斧(おの)が下がった。アキスは踏み込みを途中で止め、切っ先を引いて、すぐ反対から首へ返す。


 二撃目は斧(おの)の刃へ当たった。


 割れていた鉄が折れた。刃の半分が落ちる。アキスの剣も外へ流れた。


 ドムガは残った柄(え)で顔を打とうとし、同時に腰の剣へ手を伸ばした。


 アキスは追わず、低く身を沈めた。


 教わった連牙(れんが)は、三度振れば終わりではなかった。次を出すまでに身体が流れれば、そこで殺される。今は、肩を開いて大きく振ることもできない。


 短く踏み替え、腰の横から剣を突き出した。


 三撃目が、ドムガの右腿(もも)へ深く入った。


 敵が息を詰めた。だが、倒れない。抜いた剣が、アキスの頭へ落ちてくる。


 アキスは剣を引き抜きながら、左へ転がった。肩を打ち、目の奥が白くなる。地面へ突き立った敵の剣が、すぐに引き抜かれた。


 立て。


 右足を根へかけた。足が滑る。もう一度押し、剣を前へ出して起きる。


 ドムガも右足へ体重をかけられなくなっていた。折れた斧(おの)を捨て、剣を右手へ持ち替えると、空いた左手をこちらへ向けた。


 アキスは身構えた。


 その手へ、矢が飛んだ。


 階段を下りた味方の射手だった。ドムガが腕を引き、矢を避ける。その横から、ルーシャが剣を振った。


「こっちも、いる!!」


 傷めた左足を引き、右足で踏み込んでいた。長く追うことはできない。一度の攻撃を、ドムガは剣で受けた。


 アキスは走った。


 今度の閃駆(せんく)では、敵の正面を通らなかった。右腿(もも)の外へ回り、止まる。ドムガが向き直ろうとして、傷めた足を引きずった。


 その脇(わき)へ、アキスは剣を突き入れた。


 皮の合わせ目を抜け、深く入った刃が止まる。敵の手が、彼の肩を掴(つか)んだ。


 肩を押さえる手の下で、魔術の圧力が膨らんだ。身体が押し戻され、靴が太い根へ当たる。


 アキスは歯を食いしばり、柄(つか)を両手で押した。左肩から痛みが走った。それでも、手を放さなかった。


 ルーシャが敵の剣を押さえている。


 長い息が、アキスの頭上へ落ちた。


 肩を掴(つか)んでいた指がほどける。ドムガの膝(ひざ)が折れ、重い身体が根へ沈んだ。


 アキスは剣を抜き、二歩下がった。


 構えようとしても、切っ先が震えた。


「アキス。終わった。もう、こっちへ」


 ルーシャが袖(そで)を引いた。彼はドムガを見たまま、なかなか足を動かせなかった。


     *


 西へ新しい盾の列が着いた時、エミーラは崩れた家の前にいた。


 向かってくる兵を止め、グマドへ剣を向け直す。左肩の痛みは、腕を下ろしても消えなかった。


「後ろは持ちます!」


 援軍の兵が、家の間を塞(ふさ)いだ。横へ回ろうとした敵へ槍(やり)が伸びる。


 エミーラは初めて、背後の家から離れた。


 グマドが後退し、兵へ片手を上げる。


「キ、モウ、イイ。ヨコ、アケロ」


 敵兵が左右へ広がった。彼自身の退路を残し、彼女が追いすぎれば横から挟(はさ)める形だ。


 エミーラは追いかけなかった。


 長剣を高く構える。傷めた左腕を添え、刃に沿って魔力を広げた。


 土煙が二つに分かれた。


 大剪断(だいせんだん)が、彼女とグマドの間を裂いた。


 グマドは横へ身を投げた。棍棒(こんぼう)の先端が切れ、後ろの岩が斜めにずれる。衝撃で土が噴き上がり、兵が顔をかばって退いた。


 地面へ手をついたグマドへ、エミーラが迫った。


 棍棒(こんぼう)が跳ね上がる。短くなった分だけ速い。彼女は刃で受けず、外側へ剣を滑らせて手首を狙った。


 グマドが腕を引く。


 そこで、龍(りゅう)の爪(つめ)が現れた。


 狙いは手ではなく、棍棒(こんぼう)の真ん中だった。五本の指が閉じ、武器を地面へ押しつける。


 グマドは前と同じようにひねろうとして、止まった。


 彼女は持ち上げていない。足を踏ん張り、地面との間へ挟(はさ)んでいる。横へ転がれば、その前に剣が首へ届く。


 グマドは武器を放した。


 空いた拳が、エミーラの顔へ向かう。剣を振りきれない距離まで、巨体が詰めてくる。


 エミーラは左の爪(つめ)を消した。


 拳が目の前まで来る。右足を後ろへ引き、身体を半分だけずらした。頬(ほお)をかすめた拳の向こうに、敵の喉(のど)が見える。


 長剣が下から走った。


 グマドのもう片方の腕が、首を守ろうと上がる。


 刃と、それに沿って広がった力が、その腕を越えた。


 エミーラは止まらずに一歩抜け、剣を引いた。


 背後で巨体が倒れる音がした。頭と胴は、離れていた。


 彼女は振り返った。倒れた手が一度動き、それきり止まる。


 グマドの後ろにいた兵が叫び、槍(やり)を構えた。


 戦いは終わっていなかった。


 エミーラは息を吸い、剣を向け直した。すぐ横へ、援軍の盾が並んだ。


     *


 谷の道が開いたのは、それからしばらく後だった。


 集落へ入った兵が内側から進み、外に残っていた隊が前の柵を押した。敵は倒れた木を盾にして持ちこたえたが、北から回った弓兵にも射られ、二つ目の柵まで下がった。


 そこでも、すぐには退かなかった。


 アキスは階段の脇(わき)へ座らされ、行き交う兵の足を見ていた。左肩は布で吊(つ)られ、ルーシャの足にも包帯が巻かれている。


 何度も角笛が鳴った。


 やがて、外から水を運ぶ者が来た。次に矢の束。その後ろへ、止まっていた荷車がゆっくりと入ってくる。


 道がつながったのだと、その車輪を見て初めて分かった。


 遅れて戻ってきたカフリが、二人の前で立ち止まった。


 服にも、指にも、乾いた血がついていた。


「ノルセイは、生きてる。メルヒナが、ずっと見てる」


 そこで声が途切れた。


 アキスは立とうとした。ルーシャが右腕を持ち、手伝おうとする。その動きを見て、カフリが首を振った。


「ギムトは、助からなかった」


 荷車の車輪が、三人の前を通り過ぎた。


 アキスは、伸ばしかけた右手を下ろした。


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