第41話「北の階段」
カフリは、援軍の弓兵へ枝の上の位置を示した。
「あの幹の裏にも射手がいる。左だけ見てると、横から来るぞ」
「ここは引き受ける。下へ行ってくれ」
返事を聞くと、待ちきれずに階段へ走った。スミナも後を追う。枝から地上へ下りると、戦いの音が急に近くなった。
北の階段へ続く道に、血のついた布が落ちていた。
家の壁に背を預けた兵が、下の方を指す。腕に巻いた布を押さえ、言葉が出てこない。
「ノルセイは!? ここを通ったか!」
兵がうなずいた。その指の先から、聞き覚えのある声がした。
「来るな! 上から見られてる!」
ノルセイだった。
階段の途中で、根の張り出した陰へ身を押し込んでいる。右の腿から流れた血が、段の端を濡らしていた。
すぐ下に、ギムトが倒れていた。
首の付け根へ矢が刺さっている。起きようとも、傷を押さえようともしない。
カフリは壁へ手をつき、外へ出かけた身体を止めた。
「ギムトは」
ノルセイの唇が動いた。
「……もう、駄目だ」
スミナは階段を見た。朝、肩をかばいながら荷を持ち直していた人が、今は目を開いたまま動かない。
声をかければ振り向きそうで、その名前を呼びそうになった。
カフリが手を伸ばし、彼女を壁の内側へ戻した。矢が、二人の前の土へ刺さった。
「ノルセイ、どこから撃ってる!」
「左の上だ。枝が重なって、見えない。……先に、下を止めろ!」
階段の下から、盾を持った豚人が上がってきた。
ノルセイが剣を上げようとして、片手を脇へ戻す。腿だけではなかった。腹の横にも、血の染みが広がっている。
スミナは防御魔法を階段へ張った。
敵の盾が光へぶつかった。後ろから押され、最初の兵の靴が一段上へずれる。広い面では止め続けられない。スミナは階段の幅まで狭め、両手を前へ出した。
「カフリ、射手を探して!」
「分かってる。でも、あの葉の中じゃ――」
「私が出すから。カフリは、ここにいて」
彼女は壁の陰で彼の顔を見た。いつもの軽い笑いがない。眉の間に力が入り、首筋を汗が流れている。
スミナが作った写身も、同じ顔になった。
幻のカフリが壁から身を乗り出し、ノルセイへ走った。
左上の葉が揺れた。
弓の先が出て、弦が戻る。矢は幻の胸を抜け、根へ刺さった。
本物のカフリは、その時には腕を振っていた。
小さな刃が、葉の間へ消える。短い声がした。射手の手が枝の外へ落ち、弓の先が下がった。
「上、今だ!」
壁にいた味方の兵が二人、階段へ出た。一人がノルセイの肩を抱え、もう一人が足を持つ。ノルセイの口から、押し殺せない声が漏れた。
下では盾が、スミナの防御を押し上げていた。
盾の隙間から投げられた刃が、光の面へ刺さる。スミナは顔をそらしかけ、耐えた。敵の一人が脇の根へ足をかけ、防御を回り込もうとする。
カフリがそちらへナイフを投げた。
敵は腕で受け、構わず上がってきた。刃が刺さったまま、空いた手で剣を抜く。
「止まってよ……!」
スミナの声に、カフリは答えなかった。敵が剣を振るより先に、一段低い所へ踏み込む。
掌圧が盾の上端を打った。
敵の身体が後ろへ反った。その首を、助けに来た味方の槍が突く。根へかけていた足が外れ、下へ落ちた。
カフリはすぐに戻り、ノルセイを運ぶ兵の背を支えた。
「そのまま! 階段、あと三つ!」
スミナはノルセイの靴が壁の陰へ入るまで防御を保った。手を下ろすと膝が震えたが、座り込む前にカフリが腕を取った。
援軍の兵が、二人と入れ替わって階段へ盾を並べた。
倒れたギムトの方へ、誰かが手を伸ばした。上から新しい矢が降り、その手を引いた。
スミナは顔を伏せた。
置いていかなければならなかった。
*
メルヒナは、運び込まれたノルセイを見るなり場所を空けた。
「そこへ寝かせて。足は持ったまま、ゆっくり」
「ずっと血が出てる。布を当てても、止まらないんだ!」
カフリの声が大きくなった。メルヒナはノルセイの服を開き、傷へ触れる前に彼を見た。
「その手を貸して。僕が押さえる所へ、重ねてくれる?」
カフリは両手を出した。メルヒナの指の下へ布を当て、体重をかけて押さえる。ノルセイが顔をしかめた。
「痛いだろ。悪い、でも、離せないから」
「知ってる……。もう少し、静かにしろ」
「怒るなら、ちゃんと目を開けて怒れよ!」
ノルセイが薄く目を開いた。
メルヒナは傷の深さを確かめ、血流の術を使った。布の端へ広がる赤が、少しずつ遅くなる。
スミナは水を取りに走った。戻ると、ノルセイの顔から血の気が失せていた。血が止まりかけても、失った分まで戻るわけではない。メルヒナは指を首へ当て、呼吸を見て、何度も彼の名を呼んだ。
カフリは言われたとおり押さえ続けた。肩が震え始めても、手を離さなかった。
「カフリ、代わるよ」
スミナが横へ膝をついた。
「まだ持てる」
「手が震えてる。私も、ここにいるから」
メルヒナがうなずき、手の位置を示した。スミナはカフリの指が一本ずつ離れるのを待って、自分の手へ重さを移した。
彼は腰を下ろした。血のついた両手を、どこへ置くこともできずに開いている。
外から、兵を呼ぶ声がした。
カフリは顔を上げたが、すぐには立たなかった。ノルセイの胸が上下するのを確かめてから、残ったナイフを数えた。
「スミナ。頼む」
彼女はノルセイから目を離さず、うなずいた。
「戻ってきて。カフリも」
カフリが、布で指を拭いた。濡れたままの手を一度握り、外へ出ていった。




