第40話「龍を好きな巨人」
西の家から最後の子供が運び出されるまで、エミーラは石を投げる兵へ近づけなかった。
高い枝へ届く石は少ない。しかし、家の下を支える木には当たる。幹が揺れるたび、避難の列から悲鳴が上がった。
剣を振るい、飛んできた石を左右へ割った。二つの破片が、彼女の後ろで土をえぐる。
その穴へ足を入れさせるように、グマドが棍棒を振った。
エミーラは穴の手前で止まり、長剣を斜めに添えた。鉄を巻いた先端が刀身を滑る。腕で受けずに流したはずなのに、手の中で剣が跳ねた。
横から味方の槍が伸びる。
グマドは棍棒を引き戻さず、柄の中ほどを握り直した。短く持った武器で槍をはじき、そのまま石突きの側で兵の盾を打つ。兵が木の根へ倒れた。
追撃へ回る腕を、エミーラの刃が裂いた。
「その人を後ろへ! 西の家には、もう誰もいない!?」
「奥を見ている! 少し待ってくれ!」
家の方から返事があった。エミーラは踏み込んでグマドを押し戻し、倒れた兵との間へ入った。
鉄紺の皮膚から血が垂れた。傷口が縮み、開いた肉が寄っていく。
グマドは傷よりも、彼女の背後を見ていた。
「チイサイノ、ウエ。デカイノ、キ。リュウジン、オデ、ヤル」
指示を受けた小鬼人が、木へ取りついた。地上では巨鬼人たちが横へ広がる。エミーラがどちらかを追えば、グマドが空いた側から家の支えを折れる配置だった。
彼女は剣先を低くしたまま、弓兵へ左手を上げた。
「登る方をお願い。地上は近づけないから!」
返事に代わって矢が飛ぶ。木へ取りついていた敵が下り、幹の裏へ回った。
グマドが大きく口を開けた。笑っていた。
「オデ、リュウジン、スキ、ツヨイカラ」
「私はお前が嫌いだ」
笑みが深くなった。
「シッテル。キノウ、カオ、ソウダッタ」
「だったら、今日まで確かめに来なくていいでしょ!」
言い終えるより先に、エミーラは地面を蹴った。
閃駆で間合いへ入り、下から棍棒の握りを狙う。グマドが手を開いた。落ちる武器を逆の手が受け、その端が彼女の胸へ突き出される。
エミーラは身体を横へ逃がした。服の脇が裂ける。剣は止めず、返した刃で肘の内側を切った。
片腕が下がった。それでも棍棒は落ちない。
グマドは傷んだ腕を腹へ寄せ、もう片方で武器を振り回した。近づいた敵兵まで慌てて下がるほどの広い攻撃だった。だが、回しきる前に肩を止め、刃を差し込もうとしたエミーラへ先端を返す。
重い。しかも、途中で止められる。
彼女は後ろへ跳んだ。先端が頬の前を通り、すぐ次の突きが来た。
避け続ければ、家の前へ戻される。
エミーラは左手を開いた。
腕の外側に、巨大な龍の爪が現れた。
彼女自身の指は、人の大きさのままだ。その動きに重なって、透き通る硬い指が曲がる。五本の爪が棍棒の鉄帯へ食い込み、振り下ろされる先端を空中で捕らえた。
顕龍。掴んだ武器を持ち上げ、剣を胸へ入れようとした。
グマドは、押し合わなかった。
棍棒を抱え込み、自分から横へ転がった。巨体の重さが、ひねる力となって彼女の左腕へ返る。
「っ……!」
エミーラは爪を開いた。肩が熱く痛んだ。解除が遅ければ、腕ごと引かれていた。
グマドは転がった先で片膝をつき、棍棒の先を地面へ当てて立つ。その動きに合わせ、後ろの兵が石を投げた。
エミーラは剣を振り上げた。
刃に沿った力が石を断ち、向こうの土まで深く割った。投げ手たちが散る。その間に、グマドの肘から血が止まった。
「ソレ、アタルト、イタイ。オデ、ワカル」
「私も、少し分かったよ」
左手を握る。指は動いた。肩の痛みは残ったが、剣を添えることはできる。
「傷を治してる時は、ずいぶん慎重になるんだね」
「イタイノ、キライ」
グマドは悪びれずに言い、棍棒を持ち上げた。
*
東の方で角笛が鳴った。
エミーラは顔を向けなかった。目を外した途端に来る相手だ。グマドも音を聞いたが、彼女から視線を動かさない。
小柄な兵が走り寄り、グマドへ短く伝えた。
「木の上を戻ってくる! こっちの弓じゃ止まらない!」
「ミチ、オレタ?」
「まだだ。木を切ってる!」
「マダ、ダメ。キタ、トレ。アッチ、スクナイ」
兵が北へ走った。
援軍が東へ集まる間に、守る者の少ない北の階段を奪うつもりなのだろう。エミーラは近くの兵を呼び、今の言葉をイラドナへ届けるよう頼んだ。
その兵が離れた瞬間、グマドが来た。
下から跳ね上げた棍棒へ剣を合わせる。切っ先の向きを変えて右肩を狙うと、敵は傷を受けるのを承知で左手を伸ばした。
剣を握らせる前に引く。伸びてきた手首を切り、その外側を回った。
グマドも足を回していた。
彼女の行く先へ棍棒が落ちた。土がはぜ、鉄帯から飛んだ欠片が右腿を切る。エミーラは着地した足を一度滑らせたが、曲げた膝で踏みとどまった。
倒れないのを見て、グマドが口を開ける。
「マダ、デキル?」
「その顔、腹が立つ……!」
傷は浅い。けれど、足の裏に力をかけるたび、服の内側が温かくなった。左肩も、冷えてはいなかった。
背後で大きな音がした。
石を受け続けた支柱が裂け、家の縁が片側へ沈んだ。避難を確かめていた兵が、窓から身を乗り出す。
「空だ! もう、みんな出てる!」
「そこから離れて!」
エミーラはグマドへ刃を見せたまま、後ろへ下がった。
彼は家を見上げ、片手を上げた。攻めていた兵たちが止まる。落ちる家に巻き込まれず、彼女だけを押しつぶせる位置を待っている。
傾いた梁が、味方の退路へ落ち始めた。
エミーラは左腕を上げた。再び現れた龍の爪が梁を受ける。肩の奥で、熱が鋭い痛みに変わった。
それでも、持ち上げるためには使わなかった。
爪を横へ押し、落ちる向きを変えた。兵のいなくなった土の上へ、梁と床板が崩れていく。
グマドが足を踏み出した。
エミーラは爪を解き、剣を両手で握った。崩れ落ちる家を背に、土煙の向こうへ刃を構える。
もう、この一軒を守る必要はなくなった。
だが、後ろには家が続いている。援軍が来るまで、ここを越えさせるわけにはいかなかった。
「待たせたね」
グマドは、急がなかった。
崩れた木の間へ踏み込まず、彼女の左肩と右腿を順に見た。
「オデ、マテル」
エミーラは息を整えた。
先に仕掛けなければならないのは、今度はこちらだった。




