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楽園の獣  作者: 静原律
第三章 森を喰らうもの

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第40話「龍を好きな巨人」

 西の家から最後の子供が運び出されるまで、エミーラは石を投げる兵へ近づけなかった。


 高い枝へ届く石は少ない。しかし、家の下を支える木には当たる。幹が揺れるたび、避難の列から悲鳴が上がった。


 剣を振るい、飛んできた石を左右へ割った。二つの破片が、彼女の後ろで土をえぐる。


 その穴へ足を入れさせるように、グマドが棍棒(こんぼう)を振った。


 エミーラは穴の手前で止まり、長剣を斜めに添えた。鉄を巻いた先端が刀身を滑る。腕で受けずに流したはずなのに、手の中で剣が跳ねた。


 横から味方の槍(やり)が伸びる。


 グマドは棍棒(こんぼう)を引き戻さず、柄(え)の中ほどを握り直した。短く持った武器で槍(やり)をはじき、そのまま石突きの側で兵の盾を打つ。兵が木の根へ倒れた。


 追撃へ回る腕を、エミーラの刃が裂いた。


「その人を後ろへ! 西の家には、もう誰もいない!?」


「奥を見ている! 少し待ってくれ!」


 家の方から返事があった。エミーラは踏み込んでグマドを押し戻し、倒れた兵との間へ入った。


 鉄紺(てつこん)の皮膚(ひふ)から血が垂れた。傷口が縮み、開いた肉が寄っていく。


 グマドは傷よりも、彼女の背後を見ていた。


「チイサイノ、ウエ。デカイノ、キ。リュウジン、オデ、ヤル」


 指示を受けた小鬼人(ゴブリン)が、木へ取りついた。地上では巨鬼人(トロール)たちが横へ広がる。エミーラがどちらかを追えば、グマドが空いた側から家の支えを折れる配置だった。


 彼女は剣先を低くしたまま、弓兵へ左手を上げた。


「登る方をお願い。地上は近づけないから!」


 返事に代わって矢が飛ぶ。木へ取りついていた敵が下り、幹の裏へ回った。


 グマドが大きく口を開けた。笑っていた。


「オデ、リュウジン、スキ、ツヨイカラ」


「私はお前が嫌いだ」


 笑みが深くなった。


「シッテル。キノウ、カオ、ソウダッタ」


「だったら、今日まで確かめに来なくていいでしょ!」


 言い終えるより先に、エミーラは地面を蹴(け)った。


 閃駆(せんく)で間合いへ入り、下から棍棒(こんぼう)の握りを狙う。グマドが手を開いた。落ちる武器を逆の手が受け、その端が彼女の胸へ突き出される。


 エミーラは身体を横へ逃がした。服の脇(わき)が裂ける。剣は止めず、返した刃で肘(ひじ)の内側を切った。


 片腕が下がった。それでも棍棒(こんぼう)は落ちない。


 グマドは傷んだ腕を腹へ寄せ、もう片方で武器を振り回した。近づいた敵兵まで慌(あわ)てて下がるほどの広い攻撃だった。だが、回しきる前に肩を止め、刃を差し込もうとしたエミーラへ先端を返す。


 重い。しかも、途中で止められる。


 彼女は後ろへ跳んだ。先端が頬(ほお)の前を通り、すぐ次の突きが来た。


 避け続ければ、家の前へ戻される。


 エミーラは左手を開いた。


 腕の外側に、巨大な龍(りゅう)の爪(つめ)が現れた。


 彼女自身の指は、人の大きさのままだ。その動きに重なって、透き通る硬い指が曲がる。五本の爪(つめ)が棍棒(こんぼう)の鉄帯へ食い込み、振り下ろされる先端を空中で捕らえた。


 顕龍(けんりゅう)。掴(つか)んだ武器を持ち上げ、剣を胸へ入れようとした。


 グマドは、押し合わなかった。


 棍棒(こんぼう)を抱え込み、自分から横へ転がった。巨体の重さが、ひねる力となって彼女の左腕へ返る。


「っ……!」


 エミーラは爪(つめ)を開いた。肩が熱く痛んだ。解除が遅ければ、腕ごと引かれていた。


 グマドは転がった先で片膝(ひざ)をつき、棍棒(こんぼう)の先を地面へ当てて立つ。その動きに合わせ、後ろの兵が石を投げた。


 エミーラは剣を振り上げた。


 刃に沿った力が石を断ち、向こうの土まで深く割った。投げ手たちが散る。その間に、グマドの肘(ひじ)から血が止まった。


「ソレ、アタルト、イタイ。オデ、ワカル」


「私も、少し分かったよ」


 左手を握る。指は動いた。肩の痛みは残ったが、剣を添えることはできる。


「傷を治してる時は、ずいぶん慎重になるんだね」


「イタイノ、キライ」


 グマドは悪びれずに言い、棍棒(こんぼう)を持ち上げた。


     *


 東の方で角笛が鳴った。


 エミーラは顔を向けなかった。目を外した途端に来る相手だ。グマドも音を聞いたが、彼女から視線を動かさない。


 小柄(こがら)な兵が走り寄り、グマドへ短く伝えた。


「木の上を戻ってくる! こっちの弓じゃ止まらない!」


「ミチ、オレタ?」


「まだだ。木を切ってる!」


「マダ、ダメ。キタ、トレ。アッチ、スクナイ」


 兵が北へ走った。


 援軍が東へ集まる間に、守る者の少ない北の階段を奪うつもりなのだろう。エミーラは近くの兵を呼び、今の言葉をイラドナへ届けるよう頼んだ。


 その兵が離れた瞬間(しゅんかん)、グマドが来た。


 下から跳ね上げた棍棒(こんぼう)へ剣を合わせる。切っ先の向きを変えて右肩を狙うと、敵は傷を受けるのを承知で左手を伸ばした。


 剣を握らせる前に引く。伸びてきた手首を切り、その外側を回った。


 グマドも足を回していた。


 彼女の行く先へ棍棒(こんぼう)が落ちた。土がはぜ、鉄帯から飛んだ欠片(かけら)が右腿(もも)を切る。エミーラは着地した足を一度滑らせたが、曲げた膝(ひざ)で踏みとどまった。


 倒れないのを見て、グマドが口を開ける。


「マダ、デキル?」


「その顔、腹が立つ……!」


 傷は浅い。けれど、足の裏に力をかけるたび、服の内側が温かくなった。左肩も、冷えてはいなかった。


 背後で大きな音がした。


 石を受け続けた支柱が裂け、家の縁(ふち)が片側へ沈んだ。避難を確かめていた兵が、窓から身を乗り出す。


「空だ! もう、みんな出てる!」


「そこから離れて!」


 エミーラはグマドへ刃を見せたまま、後ろへ下がった。


 彼は家を見上げ、片手を上げた。攻めていた兵たちが止まる。落ちる家に巻き込まれず、彼女だけを押しつぶせる位置を待っている。


 傾いた梁(はり)が、味方の退路へ落ち始めた。


 エミーラは左腕を上げた。再び現れた龍(りゅう)の爪(つめ)が梁(はり)を受ける。肩の奥で、熱が鋭い痛みに変わった。


 それでも、持ち上げるためには使わなかった。


 爪(つめ)を横へ押し、落ちる向きを変えた。兵のいなくなった土の上へ、梁(はり)と床板が崩れていく。


 グマドが足を踏み出した。


 エミーラは爪(つめ)を解き、剣を両手で握った。崩れ落ちる家を背に、土煙の向こうへ刃を構える。


 もう、この一軒(いっけん)を守る必要はなくなった。


 だが、後ろには家が続いている。援軍が来るまで、ここを越えさせるわけにはいかなかった。


「待たせたね」


 グマドは、急がなかった。


 崩れた木の間へ踏み込まず、彼女の左肩と右腿(もも)を順に見た。


「オデ、マテル」


 エミーラは息を整えた。


 先に仕掛けなければならないのは、今度はこちらだった。


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