第39話「橋を渡る声」
矢が兵の幻を通り抜けた時、スミナは術を解いた。
見破られた景色を残すより、今渡っている人を守らなければならない。枝の上へ防御魔法を広げると、すぐに矢が二本、光の面へ突き立った。
「カフリ、左の幹。矢が来たのは、あそこ!」
「見えてる。もう少し、引きつけてくれ」
カフリは枝を背にして身を低くした。手の中の丸石へ魔力を込め、幹の右側へ投げる。
石は向こうの枝に当たり、爆発した。
葉が散った。幹に隠れていた小鬼人が、顔をかばって身をさらす。こちらに残った射手が矢を放ち、相手は枝へしがみついたまま弓を落とした。
スミナは防御を橋の方へ伸ばした。
弓兵隊の最後尾が、細い橋を渡っている。谷の向こうへ援軍を迎えに行く人たちだ。そこへ敵の別の矢が集中した。
光の面が細かく震えた。スミナは指を開き、橋の上だけを覆う。
「急いで!! あと少し!」
最後の兵が木の裏へ消えた。
防御を縮めた途端、矢が橋へ刺さった。スミナは息を吐き、太い枝へ片手をついた。下から剣のぶつかる音がする。
アキスたちを見たかった。
だが、カフリが横から腕を伸ばした。
「上だ!」
細い枝を渡って、敵の射手がこちらより高い場所へ出ていた。スミナは防御魔法を頭上へ返した。矢が斜めに滑り、肩のすぐ横を落ちる。
カフリの投げナイフが、敵の手へ向かった。
相手は幹へ隠れた。刃が木へ刺さる。すぐに反対側から弓の先が出た。
「そっちから投げても、また隠れる!」
スミナが叫ぶと、カフリはナイフではなく、曲がった木の武器を取った。
「隠れててくれる方が、今は助かる」
付与魔法の光が先へ残った。投げたブーメランは大きく回り、幹の横へ消える。
スミナには、当たった所が見えなかった。火花が散り、弓が落ちたので、初めて結果が分かった。
木の武器も戻ってこず、下の茂みへ落ちた。
「……拾いには行けないね」
「後で探す。今は、自分の足元を見てくれ」
カフリはスミナの靴を指した。気づかないうちに、枝の端へ寄っていた。彼女は幹へ戻り、震える指を握り直した。
*
弓兵隊が出発した後も、橋を守る仕事は終わらなかった。
敵は射手を二手に分けた。正面から矢を送りながら、地上の兵を橋の下へ向かわせる。太い幹へ取りつかせれば、上の人間は防御の向きを変えなければならない。
スミナが下へ目をやると、アキスとルーシャが、味方の兵と一緒にその進路を押さえていた。
アキスの盾に、見覚えのない傷が増えている。
彼の方を守りたいと思った。さっき、一度は間に合った。だが、今こちらの防御を外せば、カフリの頭上が空く。
「下、気になるだろうけど」
カフリは彼女の目を追い、すぐに枝の向こうへ向き直った。
「あいつらが守ってる間に、俺たちも戻る道を残そう。両方とも、放り出せないからさ」
「分かってる。……分かってるから、そんなに言わないで」
スミナは口にしてから、少し後悔した。カフリは怒らず、次に投げる石を足元へ置いた。
「じゃあ、こっち。俺が投げる時だけ、右を空けてくれ」
スミナはうなずき、防御の右端を短くした。
投げられた石が敵の足元ではぜた。相手が飛び退いた先を、味方の矢が追う。橋へ渡ろうとしていた別の敵も、そこで止まった。
何度も同じ所から投げれば、待たれる。カフリは投げるたびに位置を変え、スミナもそれに合わせて防御の角度を直した。
前の枝から、味方の射手が落ちた。
矢を受けた肩が先に傾いた。スミナが手を伸ばしても、もう届かなかった。地上の兵が駆け寄る。彼女は見続けることができず、すぐ次の矢を防いだ。
さっきまで隣で弓を引いていた場所が、空いた。
*
戻ってくる足音が聞こえた。
スミナは最初、敵が裏へ回ったのだと思った。幹の陰から姿を出した弓兵が、こちらへ白い布を振る。
「先頭が来た! 下の階段を空けてくれ!」
その後ろへ、見知らぬ兵が続いていた。弓と矢筒、水の袋を背負い、枝を慎重にまたぐ。鎧が橋の端へ当たる音がした。
援軍だった。
スミナは広げかけた腕を止め、まず白い布を上げた。下で味方がこちらを見る。階段の前へ兵が集まり、敵を押し戻し始めた。
「待って。向こうの木、兵が増えてる!」
カフリが、援軍の最後尾より先を指した。
巨鬼人が地上で木を押し、豚人が根元へ斧を入れていた。細い橋を揺らし、渡る兵を落とすつもりだった。
先に戻った弓兵隊が、枝から下へ矢を送る。後ろから来る援軍も弓を構えた。敵が顔を上げられず、木へ寄せていた手を引く。
それでも、橋は傾いた。
「止まらないで! 一人ずつ、木の方へ!!」
スミナは防御を矢の来る側へ張った。橋を支えることはできない。足を踏み外した者を受ける力でもない。
先に渡った兵が手を伸ばし、次の兵を引く。彼らが自分で足場を選んで進む間、スミナは頭上の矢だけを止めた。
最後の兵が渡り終えた後、弓兵隊が橋から離れた。
支えの傷んだ木が傾き、細い橋が片側へずれた。敵が下から声を上げる。
スミナは手すりへつかまり、息を吐いた。
兵は入れた。次の隊まで同じ道を通れるわけでは、もうなかった。
「通れなくなったと、外へ伝えて!」
隊を率いてきた兵が、連絡を戻す者を呼んだ。別の枝を使うか、先に谷を開くか。判断を引き継ぐ声が重なった。
スミナが下りようとした時、北の家の間から叫びが聞こえた。
「担架を! 北の階段へ、誰か!!」
カフリがその方角を見た。
ノルセイとギムトが守っているはずの場所だった。




