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楽園の獣  作者: 静原律
第三章 森を喰らうもの

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第39話「橋を渡る声」

 矢が兵の幻を通り抜けた時、スミナは術を解いた。


 見破られた景色を残すより、今渡っている人を守らなければならない。枝の上へ防御魔法を広げると、すぐに矢が二本、光の面へ突き立った。


「カフリ、左の幹。矢が来たのは、あそこ!」


「見えてる。もう少し、引きつけてくれ」


 カフリは枝を背にして身を低くした。手の中の丸石へ魔力を込め、幹の右側へ投げる。


 石は向こうの枝に当たり、爆発した。


 葉が散った。幹に隠れていた小鬼人(ゴブリン)が、顔をかばって身をさらす。こちらに残った射手が矢を放ち、相手は枝へしがみついたまま弓を落とした。


 スミナは防御を橋の方へ伸ばした。


 弓兵隊の最後尾が、細い橋を渡っている。谷の向こうへ援軍を迎えに行く人たちだ。そこへ敵の別の矢が集中した。


 光の面が細かく震えた。スミナは指を開き、橋の上だけを覆う。


「急いで!! あと少し!」


 最後の兵が木の裏へ消えた。


 防御を縮めた途端、矢が橋へ刺さった。スミナは息を吐き、太い枝へ片手をついた。下から剣のぶつかる音がする。


 アキスたちを見たかった。


 だが、カフリが横から腕を伸ばした。


「上だ!」


 細い枝を渡って、敵の射手がこちらより高い場所へ出ていた。スミナは防御魔法を頭上へ返した。矢が斜めに滑り、肩のすぐ横を落ちる。


 カフリの投げナイフが、敵の手へ向かった。


 相手は幹へ隠れた。刃が木へ刺さる。すぐに反対側から弓の先が出た。


「そっちから投げても、また隠れる!」


 スミナが叫ぶと、カフリはナイフではなく、曲がった木の武器を取った。


「隠れててくれる方が、今は助かる」


 付与魔法(エンチャント)の光が先へ残った。投げたブーメランは大きく回り、幹の横へ消える。


 スミナには、当たった所が見えなかった。火花が散り、弓が落ちたので、初めて結果が分かった。


 木の武器も戻ってこず、下の茂みへ落ちた。


「……拾いには行けないね」


「後で探す。今は、自分の足元を見てくれ」


 カフリはスミナの靴を指した。気づかないうちに、枝の端へ寄っていた。彼女は幹へ戻り、震える指を握り直した。


     *


 弓兵隊が出発した後も、橋を守る仕事は終わらなかった。


 敵は射手を二手に分けた。正面から矢を送りながら、地上の兵を橋の下へ向かわせる。太い幹へ取りつかせれば、上の人間は防御の向きを変えなければならない。


 スミナが下へ目をやると、アキスとルーシャが、味方の兵と一緒にその進路を押さえていた。


 アキスの盾に、見覚えのない傷が増えている。


 彼の方を守りたいと思った。さっき、一度は間に合った。だが、今こちらの防御を外せば、カフリの頭上が空く。


「下、気になるだろうけど」


 カフリは彼女の目を追い、すぐに枝の向こうへ向き直った。


「あいつらが守ってる間に、俺たちも戻る道を残そう。両方とも、放り出せないからさ」


「分かってる。……分かってるから、そんなに言わないで」


 スミナは口にしてから、少し後悔した。カフリは怒らず、次に投げる石を足元へ置いた。


「じゃあ、こっち。俺が投げる時だけ、右を空けてくれ」


 スミナはうなずき、防御の右端を短くした。


 投げられた石が敵の足元ではぜた。相手が飛び退いた先を、味方の矢が追う。橋へ渡ろうとしていた別の敵も、そこで止まった。


 何度も同じ所から投げれば、待たれる。カフリは投げるたびに位置を変え、スミナもそれに合わせて防御の角度を直した。


 前の枝から、味方の射手が落ちた。


 矢を受けた肩が先に傾いた。スミナが手を伸ばしても、もう届かなかった。地上の兵が駆け寄る。彼女は見続けることができず、すぐ次の矢を防いだ。


 さっきまで隣で弓を引いていた場所が、空いた。


     *


 戻ってくる足音が聞こえた。


 スミナは最初、敵が裏へ回ったのだと思った。幹の陰から姿を出した弓兵が、こちらへ白い布を振る。


「先頭が来た! 下の階段を空けてくれ!」


 その後ろへ、見知らぬ兵が続いていた。弓と矢筒、水の袋を背負い、枝を慎重にまたぐ。鎧(よろい)が橋の端へ当たる音がした。


 援軍だった。


 スミナは広げかけた腕を止め、まず白い布を上げた。下で味方がこちらを見る。階段の前へ兵が集まり、敵を押し戻し始めた。


「待って。向こうの木、兵が増えてる!」


 カフリが、援軍の最後尾より先を指した。


 巨鬼人(トロール)が地上で木を押し、豚人(オーク)が根元へ斧(おの)を入れていた。細い橋を揺らし、渡る兵を落とすつもりだった。


 先に戻った弓兵隊が、枝から下へ矢を送る。後ろから来る援軍も弓を構えた。敵が顔を上げられず、木へ寄せていた手を引く。


 それでも、橋は傾いた。


「止まらないで! 一人ずつ、木の方へ!!」


 スミナは防御を矢の来る側へ張った。橋を支えることはできない。足を踏み外した者を受ける力でもない。


 先に渡った兵が手を伸ばし、次の兵を引く。彼らが自分で足場を選んで進む間、スミナは頭上の矢だけを止めた。


 最後の兵が渡り終えた後、弓兵隊が橋から離れた。


 支えの傷んだ木が傾き、細い橋が片側へずれた。敵が下から声を上げる。


 スミナは手すりへつかまり、息を吐いた。


 兵は入れた。次の隊まで同じ道を通れるわけでは、もうなかった。


「通れなくなったと、外へ伝えて!」


 隊を率いてきた兵が、連絡を戻す者を呼んだ。別の枝を使うか、先に谷を開くか。判断を引き継ぐ声が重なった。


 スミナが下りようとした時、北の家の間から叫びが聞こえた。


「担架(たんか)を! 北の階段へ、誰か!!」


 カフリがその方角を見た。


 ノルセイとギムトが守っているはずの場所だった。


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