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楽園の獣  作者: 静原律
第三章 森を喰らうもの

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第38話「読まれた足場」

 最初の石は、西の家の下へ落ちた。


 太い根に当たって砕け、破片が壁を打つ。家の窓から顔を出した子供が引き戻された。次の石が来る前に、エミーラの防御魔法が根の上へ広がった。


 東の階段の下で、アキスは盾を持ち直した。


 谷の向こうから角笛が聞こえた。


 一度。そして、もう一度。


「来たぞ!」


 ノルセイが上の橋を指した。弓兵隊が動く。先頭は枝に沿って走り、細い橋へ入る前に身を低くした。


 スミナとカフリがいるのは、その手前の木だった。アキスから見上げると、まだ弓兵が並んでいるように見える。だが、本物の隊はもう東へ出ていた。


 留景(りゅうけい)が、出発する直前の景色を残しているのだ。


 アキスは視線を下げた。斜面の豚人(オーク)が列を押し上げてくる。泥へ敷いた板を踏み、足を取られずに近づいていた。


「ルーシャ、左を頼む!」


「アキスは右ね!」


 彼女が土へ手をつく。弾面(だんめん)を使った場所を、敵の先頭が避けた。先日の戦いを聞いているのか、後ろの兵にも根を踏むよう叫んでいる。


 アキスはその根の間へ入った。


 剣を振る幅は狭い。敵も一度に並べず、先頭の長剣だけが届く。アキスは盾で先を外し、短く踏み込んで腕を切った。


 倒れる前に、敵の後ろから別の刃が出た。


 アキスは追わず、足を引いた。兵の槍(やり)が横から入り、次の敵を押し戻す。三か月前なら、最初の相手を倒そうとして、その刃の前へ出ていたかもしれない。


「右、替わるぞ!」


 味方の兵が前へ入る。アキスは盾を残して半歩下がり、兵の横へ位置を変えた。


 根の外では、ルーシャが敵の剣を受けていた。左手を地面へつきかけたが、敵が足を引いたので術を使わず、剣の先で追う。


「また避けた! そんなに嫌なら、こっちに来なきゃいいのに!」


 敵は答えず、仲間へ場所を譲った。


 入れ替わってきた兵の後ろから、巨鬼人(トロール)が低い声を上げた。


「オスナ。ソコ、セマイ。ヨコ、マワレ」


 列が止まった。


 アキスは盾の上から見た。敵が下がり始めている。追えば斜面の板まで押し戻せそうだったが、横の茂みが揺れた。


「追わないで! 右の木へ回ってる!」


 根に並ぶ自分たちを避け、斧(おの)を持った兵が東の大木へ向かっていた。上の橋を支える木だった。


 ルーシャが舌打ちした。


「止まってくれないじゃない!」


「根の内側を戻る! あの木の前へ!」


 アキスが動くと、さっき退いた敵がまた前へ出た。こちらの背を追わせるために、わざと間を空けていたのだ。


 後ろの味方が防御魔法を張った。アキスとルーシャはその横を抜け、守る木を一つ東へ移す。


 間に合わなかった兵が、脚を切られた。


 アキスは戻ろうとした。ルーシャが先に飛びつき、兵の襟(えり)を引く。二人の上へ来た剣を、アキスが盾で受けた。


「ルーシャ、引いて!」


「引いてるっ!! この人、根に脚が引っかかってる!」


 スミナの光の壁が頭上に立った。矢が止まる。その間に兵の脚が抜け、後ろの味方が両脇(わき)を支えた。


 アキスは上を見た。スミナが、今だけこちらへ手を向けていた。すぐに顔を戻し、橋の側へ防御を張り直す。


 守る場所を変えれば、空く場所ができる。


 彼女に礼を言う余裕もなく、アキスは大木の前へ走った。


     *


 斧(おの)を持つ兵の後ろに、別の豚人(オーク)がいた。


 濃い赤褐色(せきかっしょく)の肌。後ろへ束ねた黒髪。両手で持つ大斧(おおおの)は、先の兵たちより重そうだった。


「ドムガだ! アキス、正面へ出るな!」


 北へ回る途中のノルセイが叫んだ。


 ドムガはアキスへ斧(おの)を振らなかった。守備兵の前へ片手を向ける。


 空気に押され、重ねていた防御魔法が後ろへたわんだ。支えていた兵が膝(ひざ)をつき、光の面が割れる。


 その隙間(すきま)へ、斧(おの)兵が進んだ。


 アキスは盾で刃を受けた。胸の打ち身が痛み、息が詰まった。横から入ったルーシャの剣が敵の肩を切り、ようやく離れられる。


「橋を落とせ。先に上を切る」


 ドムガが言った。


 斧(おの)兵が大木へ向き直る。アキスはその腕を追ったが、ドムガ自身が間へ入ってきた。


 大斧(おおおの)が低く走った。盾で受ければ左腕ごと持っていかれる。アキスは短く退き、木へ背をぶつける前に横へ移った。


 幹へ深い傷が入った。


 上の橋が、目に見えて揺れた。


 アキスは逃げた場所を見た。自分を狙う振り方で、木も傷つけられる。相手は追いかけるだけで、目的を進められるのだ。


「木から離れて受ける! ルーシャ、根のこっち側へ!」


「受けるって、あれを!?」


「正面じゃない。二人で、横へ!」


 ルーシャは剣を持ち直した。ドムガが再び斧(おの)を上げる前に、彼女が左へ走る。アキスは反対へ出た。


 ドムガの足が止まった。


 それでも、後ろの兵は止まらなかった。別の斧(おの)が木へ向かい、守備兵の槍(やり)がそれを押し返す。アキスが守れるのは、そのうちの一人分だけだった。


     *


 西の投石が一度途切れた。


 アキスには、なぜか分からなかった。見に行くこともできない。


 上では、兵の幻を一本の矢が通り抜けた。


 敵の射手が声を上げる。枝の間にいた小鬼人(ゴブリン)たちが、一斉(いっせい)に向きを変えた。


 カフリが投げた石が、向こうの枝の付け根ではぜた。木の葉が吹き散り、幹に隠れていた射手が身をよじる。


 味方の矢が、そこへ飛んだ。


 アキスはもう上を見ず、ドムガの斧(おの)へ剣を合わせた。


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