第36話「荷物の通れない道」
集落の入口で、アキスは自分たちの荷車より、先に運ばれていく人を見ていた。
枝の上から担架が下りてくる。地面に着く前に次の担架が階段へ出て、すれ違えずに止まった。下から上がろうとしていた兵が後ろへ引き、道を空ける。
傷ついた者を寝かせる場所は、もう家の中だけでは足りていなかった。
「薬は奥へ! メルヒナ、こっちに来てくれ!」
ノルセイに呼ばれ、メルヒナが先へ走る。スミナとルーシャが薬の箱を運び、アキスは矢を積んだ袋を下ろした。
ギムトは腰の鍵を押さえながら、地面へ座った。肩から血がしみている。
「そのまま動かないで。矢は僕が見てから抜く」
メルヒナが布を押さえる。アキスも胸を診てもらい、呼吸に大きな問題はないと言われた。打たれた所へ薬を当てると、思わず歯を食いしばった。
「深く息をしてみて」
「できま……いっ、できます」
「できるのと、痛くないのは別だね。今日、まだ無茶をするつもりなら、痛む場所くらい覚えておいて」
アキスは返す言葉を探したが、メルヒナはもうギムトの方へ戻っていた。
*
集落を守る兵の指揮を執るイラドナは、地図を広げる前に、失った荷を尋ねた。
ノルセイが薬一台を奪われたと答える。イラドナは唇を結び、残った箱を数えた。
「布も足りなくなる。家から出せる分を集めよう。運んでくれた人たちは、先に手当てを受けて」
褐色の短い髪に、細い白い筋が混じっていた。長い耳の下へ、血のついた布を結んでいる。
エミーラが、欠けた左耳の巨鬼人について話した。
「棍棒を短く持ち直すのが速い。大振りの後を待って入ると、迎えられる」
「グマドだ。西から来た巨鬼人の隊を率いている。正面から打ち合って戻れた者は、そう多くない」
イラドナは地図の西を指した。
「豚人のドムガもいる。斧だけじゃなく、圧力の魔法を使う。射手を近づける前に押し戻される。二人を同じ所へ集めさせたくないが、こちらが選べるほど余裕はない」
アキスはその名を覚えた。グマドの肩に入ったエミーラの剣傷は、戻る頃には小さくなっていた。
「俺が触った方の傷は、閉じなくなりました」
右手の布へ目が集まった。
アキスは赤土色の兵の左前腕について話した。メルヒナが聞き、触れた長さを尋ねる。正確には答えられなかった。
「でも、つかむ力は弱くなりませんでした。手を放した後も、まだ傷は開いていたと思います」
「目で見えたのは、逃げるまでだね」
「その後は分かりません」
メルヒナはそこを言い直させなかった。イラドナへ、全身の力を止める働きではないと伝える。
イラドナはアキスの腕をじっと見たが、それを使ってグマドを倒せとは言わなかった。
「逃げられたなら、その経験は生かしてくれ。ここでは、負傷した味方を守って下がる場面が増える」
*
夕方、谷道へ丸太を引きずる敵が見えた。
アキスたちが通ってきた道だった。左右の斜面に豚人が列を作り、道をふさぐ柵の後ろへ交代の兵が集まっていく。上の枝には小鬼人の射手がいた。
集落から矢を放つと、敵の防御魔法に止められた。止めた者が下がり、別の兵が前へ出る。
夜になっても、林の奥から荷を引く音が途切れなかった。
アキスは救護所の外へ戻った。昼に泥へ沈んだ担架の脚が、通路へ深い跡を残している。ノルセイが太い根の間へ横木を渡し、板を打ちつけていた。
「手伝う。どこを持てばいい?」
「こっちの端。……胸は?」
「持ち上げる時は痛む。押さえるだけならできる」
ノルセイはアキスに板を押さえさせ、自分で横木を動かした。
上を見上げると、樹上の橋を弓兵が走っていた。谷道と違い、家々のある高さから、東の深い森へ続いている。
「上の道は、まだ外へ通じるのか?」
「人ならな。荷獣も荷車も無理だ。橋が細いし、途中で枝をまたがなきゃいけない」
「人は出られるのに、荷が入らない……」
アキスは板を押さえたまま、枝の向こうを見た。
ノルセイが釘を打ち終え、彼の指の近くを軽くたたく。
「その手まで留める前に、どけてくれ」
「あっ、悪い」
上の橋は、地上の柵よりずっと先まで延びていた。
*
王都では、クシェルが二つの灯具へ同じ量の魔力を注いでいた。
一方は普通の灯具。もう一方は、光に変わらず外へ漏れる魔力を、器具の中へ戻せるように作り直したものだった。二つの明るさをそろえ、どちらにも魔力を足さずに待つ。
先に普通の灯具が消えた。作り直した方はまだ光っていたが、それも少しずつ弱くなり、やがて消えた。
「……消えるまでを延ばせただけか」
机の端には、レムバルで生まれた者の突然死を伝える報告が重ねてある。アキスに会う前から、何度も読んだものだった。
レムバルから遠く離れて暮らしていた人まで、同じ時に死んだ。身体を生かすために、外から何かが届いていたのではないか。それが途絶えたのだとすれば、補給に頼らず続く術は、人を助ける手掛かりになるかもしれない。
だが、灯具で確かめられたのは、魔力の消耗を減らせることだけだった。光に使った分は戻らず、足さなければ、いずれは消える。
戸がたたかれ、職人が入ってきた。布に包んだ金属の環と、ひと月前の受取書を卓へ置く。
「できたよ。兄君が注文した環と、同じ作りだ」
クシェルは環を手に取り、内側の溝を指でなぞった。
「兄は、何に使うと言っていた?」
「そこまでは聞いていない。代金を置いて、和の国へ向かう便に載せてくれと頼まれたんだ」
受取書にも、環の用途や兄の今の居場所は書かれていなかった。クシェルはひと月前の日付をもう一度見てから、環を布へ戻した。
職人を送り出すと、消えた灯具を手元へ引き寄せた。注いだ魔力が器具の中に残っていないか、確かめる必要があった。クシェルは覆いを外し、内側の溝を調べ始めた。




