↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の獣  作者: 静原律
第二章 答えの値段

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/45

第25話「退路を守る剣」

 カフリの投げた四本目のナイフも、ゼキトの顔の横に立った防御魔法に弾かれた。


 前へ進む足は止まらない。長剣でスミナの壁を押し、刃の飛んできた方を一度だけ見た。空いた下の左手が、東の棚へ向く。


「カフリ、棚から離れろ!」


 アキスが叫ぶと同時に、太い支柱が折れた。


 積まれた布と木片が、カフリの頭上へ落ちた。彼は頭をかばって転がり、倒れた棚の下から抜け出した。頬(ほお)に木片が刺さり、顔の横へ血が流れている。


 カフリは柱の後ろへ回り、革帯に残るナイフを一本抜いた。


 だが、投げる手が止まった。倒れた木枠の向こうへ、モネサがルーシャを抱えて移っている。敵を狙えば、その二人に当たる。カフリは北へ回ろうとしたが、落ちた布が足元を覆っていた。それをまたぐ間にも、ゼキトはスミナの壁を打った。


「アキス!! もう駄目、壁がっ……割れる!!」


 アキスは後ろを見た。モネサが布をルーシャの右の腿(もも)へ巻き、強く結んでいた。立ち上がるには誰かの肩が要る。


 中央の通路へ出れば、北の柱へ戻れる。だが、ゼキトが壁を割って踏み込めば、途中で追いつかれる。


 アキスは前方の床へ目を戻した。さっきゼキトが乗り越えた横木が、今は二人の間に横たわっている。右端には、落ちた長い布が絡まっていた。


 あの端から来る。


 スミナが光の壁を立て直した。ゼキトは壁の薄くなった端へ足を向けた。跳び越せば頭が横木へ近づく。翅(はね)を開く場所も、布で狭まっている。


「ルーシャを通路へ出して! ここは俺が止める!」


「馬鹿、一人で受けられるわけないだろ!!」


 カフリはナイフを革帯へ戻し、モネサの隣へかがんだ。


「倒すんじゃない! 少し止めるだけだ! 頼む、ルーシャを連れてってくれ!!」


 アキスは盾の内側へ肘(ひじ)を戻した。敵の横へ抜けようとして、さっきは切られた。今は、その足を一度止めればいい。


 壁の端から、曲刀(きょくとう)が出てきた。


「閃駆(せんく)!」


 アキスは床を蹴(け)った。斜めへ走る余裕はなかった。横木の端までの二歩を詰め、盾を構えたまま剣を横から入れた。


 ゼキトの曲刀(きょくとう)が受ける。アキスは刃を押し合わず、右足を置いて身体を回した。教わった通りに足が動くより先に、右の脇腹(わきばら)が痛んだ。


「連牙(れんが)!」


 二撃目は、横木を越えかけた脚へ向けた。


 ゼキトが足を引いた。長剣が、上からアキスの剣を押さえた。三撃目へ続ける間はなく、アキスは盾を斜めに立てて下がった。


 その横を、カフリとモネサに支えられたルーシャが通った。


「通った!! アキス、戻ってこい!!」


 スミナも通路側へ下がった。アキスは一歩退き、もう一歩を出そうとした。


 ゼキトの曲刀(きょくとう)が、盾の縁(ふち)へ食い込んだ。


 金属が裂け、裏まで回った刃先が革帯を切った。盾が左腕からずり落ちる。持ち直そうとした胸へ、圧力がぶつかった。


 アキスは倒れた木枠へ尻をついた。左手だけで盾の握りをつかむ。重さが手首にかかり、持ち上げるのが遅れた。


 ゼキトの下の右腕が伸びた。


     *


 南の作業台が、ひっくり返った。


 頭目(とうもく)が背中から床へ落ち、斧使い(おのつかい)の武器が台の脚に押さえられた。二人の間にいたエミーラが、中央の通路へ走ってくる。


「閃駆(せんく)!」


 アキスの前へ白い袖(そで)が入った。エミーラはゼキトの横まで踏み込み、伸びた曲刀(きょくとう)へ長剣を打ち下ろした。


 刃が折れた。


 ゼキトの上の長剣が振られた時、エミーラはすでに身体を寄せていた。根元で受け流し、柄頭(つかがしら)を胸へ打ち込む。ゼキトが横木の向こうへ押し戻された。


「アキス、立て! 北の柱へ! 皆も下がれ、私より前へは出るな!」


 アキスは木枠を押して立った。スミナが左肩を貸す。盾は握りを持ち、床に引きずらないよう引き上げた。


 南で斧使い(おのつかい)が台を倒し、武器を抜いていた。頭目(とうもく)も立ち上がり、剣を向けてくる。エミーラは北へ下がりながら、二人とゼキトを同じ側に置いた。


 アキスは柱へ入る直前、一度振り返った。


 ゼキトは折れた刃を捨てていた。右肩から布が焼け落ち、上の左腕は血で濡(ぬ)れている。エミーラが迫る二人へ剣を向けた時、ゼキトは西の木枠へ飛び乗った。


 そのまま南へ渡り、鉄の引き戸へ降りる。


「ゼキト!! どこへ行く! 残りの帳面を取れ!」


 頭目(とうもく)の命令に、ゼキトは振り返らなかった。


 戸の外に置かれていた火鉢を、下の二本の腕で持ち上げる。上の手には長剣を残したまま、赤い炭ごと、天井から下がる干し布へ投げつけた。


 炭が布に絡み、火が走った。


 ゼキトが鉄の引き戸の向こうへ消えた。


     *


 乾いた布が、頭上で燃え広がっていく。


 横木から垂れた火のついた布が、西の小さな戸を覆った。モネサが手を伸ばしかけ、熱に顔を背けた。落ちてきた炭が手の甲へ当たり、彼女は短く叫んだ。


「熱っ!! 西は駄目、北を開けておくれ!!」


 外の警備兵が格子(こうし)の下へ鉄棒を差し込み、持ち上げようとしていた。内側の留め金がきしむだけで、隙間(すきま)は広がらない。


 ゲルモンが台の二包みを抱えた。水路図の革筒も紐(ひも)へ通し、身体へ寄せる。


 南では、頭目(とうもく)が炎の下を抜けようとしていた。エミーラが剣を合わせ、北へ通さない。空いた下の左手で魔法を放たれ、彼女は横へずれた。床の炭が飛び散り、頭上の燃えた布が頭目(とうもく)の肩へ落ちた。


 革袋に火が移った。


 頭目(とうもく)は下の手で袋を引き離し、床へ投げた。口が開き、帳面が散る。彼は拾おうとしたが、エミーラの剣が来て、長剣を両手で受けるしかなかった。


 マルシカの手が、アキスの背へ触れた。


「アキス、止まらないで! 私も行く、行くから……北へ!」


 彼女は手近に転がってきた一枚を拾い、上着へ押し当てた。端の火を消す間も歩き、アキスの右側へ肩を入れる。


「スミナ、代わる! アキスは支えたから、手を離して!」


 スミナは床を見ていた。開いた帳面の上を、火の粉が横切った。


「留景(りゅうけい)」


 焦げ始めた頁(ページ)が、彼女の目の前に浮かんだ。


 もう一枚。頭目(とうもく)が足で踏み、めくれた裏側が見えたところを写す。スミナは後ろへ歩き続けていた。マルシカに支えられ、アキスは柱に手をついた。


 像の端が揺れた。


 スミナが炭を防いでいた小さな壁も、消えた。マルシカは自分の上着の端を持ち上げ、彼女の頭へ落ちてくる火の粉を払った。


 ゲルモンが二包みを抱えて柱の後ろへ入った。モネサとカフリがルーシャをその隣へ座らせ、最後の職人が床を這(は)ってくる。


 エミーラは全員が北へ退いたのを確かめ、長剣を下げた。


 白い服の左肩は、赤く濡(ぬ)れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。