第25話「退路を守る剣」
カフリの投げた四本目のナイフも、ゼキトの顔の横に立った防御魔法に弾かれた。
前へ進む足は止まらない。長剣でスミナの壁を押し、刃の飛んできた方を一度だけ見た。空いた下の左手が、東の棚へ向く。
「カフリ、棚から離れろ!」
アキスが叫ぶと同時に、太い支柱が折れた。
積まれた布と木片が、カフリの頭上へ落ちた。彼は頭をかばって転がり、倒れた棚の下から抜け出した。頬に木片が刺さり、顔の横へ血が流れている。
カフリは柱の後ろへ回り、革帯に残るナイフを一本抜いた。
だが、投げる手が止まった。倒れた木枠の向こうへ、モネサがルーシャを抱えて移っている。敵を狙えば、その二人に当たる。カフリは北へ回ろうとしたが、落ちた布が足元を覆っていた。それをまたぐ間にも、ゼキトはスミナの壁を打った。
「アキス!! もう駄目、壁がっ……割れる!!」
アキスは後ろを見た。モネサが布をルーシャの右の腿へ巻き、強く結んでいた。立ち上がるには誰かの肩が要る。
中央の通路へ出れば、北の柱へ戻れる。だが、ゼキトが壁を割って踏み込めば、途中で追いつかれる。
アキスは前方の床へ目を戻した。さっきゼキトが乗り越えた横木が、今は二人の間に横たわっている。右端には、落ちた長い布が絡まっていた。
あの端から来る。
スミナが光の壁を立て直した。ゼキトは壁の薄くなった端へ足を向けた。跳び越せば頭が横木へ近づく。翅を開く場所も、布で狭まっている。
「ルーシャを通路へ出して! ここは俺が止める!」
「馬鹿、一人で受けられるわけないだろ!!」
カフリはナイフを革帯へ戻し、モネサの隣へかがんだ。
「倒すんじゃない! 少し止めるだけだ! 頼む、ルーシャを連れてってくれ!!」
アキスは盾の内側へ肘を戻した。敵の横へ抜けようとして、さっきは切られた。今は、その足を一度止めればいい。
壁の端から、曲刀が出てきた。
「閃駆!」
アキスは床を蹴った。斜めへ走る余裕はなかった。横木の端までの二歩を詰め、盾を構えたまま剣を横から入れた。
ゼキトの曲刀が受ける。アキスは刃を押し合わず、右足を置いて身体を回した。教わった通りに足が動くより先に、右の脇腹が痛んだ。
「連牙!」
二撃目は、横木を越えかけた脚へ向けた。
ゼキトが足を引いた。長剣が、上からアキスの剣を押さえた。三撃目へ続ける間はなく、アキスは盾を斜めに立てて下がった。
その横を、カフリとモネサに支えられたルーシャが通った。
「通った!! アキス、戻ってこい!!」
スミナも通路側へ下がった。アキスは一歩退き、もう一歩を出そうとした。
ゼキトの曲刀が、盾の縁へ食い込んだ。
金属が裂け、裏まで回った刃先が革帯を切った。盾が左腕からずり落ちる。持ち直そうとした胸へ、圧力がぶつかった。
アキスは倒れた木枠へ尻をついた。左手だけで盾の握りをつかむ。重さが手首にかかり、持ち上げるのが遅れた。
ゼキトの下の右腕が伸びた。
*
南の作業台が、ひっくり返った。
頭目が背中から床へ落ち、斧使いの武器が台の脚に押さえられた。二人の間にいたエミーラが、中央の通路へ走ってくる。
「閃駆!」
アキスの前へ白い袖が入った。エミーラはゼキトの横まで踏み込み、伸びた曲刀へ長剣を打ち下ろした。
刃が折れた。
ゼキトの上の長剣が振られた時、エミーラはすでに身体を寄せていた。根元で受け流し、柄頭を胸へ打ち込む。ゼキトが横木の向こうへ押し戻された。
「アキス、立て! 北の柱へ! 皆も下がれ、私より前へは出るな!」
アキスは木枠を押して立った。スミナが左肩を貸す。盾は握りを持ち、床に引きずらないよう引き上げた。
南で斧使いが台を倒し、武器を抜いていた。頭目も立ち上がり、剣を向けてくる。エミーラは北へ下がりながら、二人とゼキトを同じ側に置いた。
アキスは柱へ入る直前、一度振り返った。
ゼキトは折れた刃を捨てていた。右肩から布が焼け落ち、上の左腕は血で濡れている。エミーラが迫る二人へ剣を向けた時、ゼキトは西の木枠へ飛び乗った。
そのまま南へ渡り、鉄の引き戸へ降りる。
「ゼキト!! どこへ行く! 残りの帳面を取れ!」
頭目の命令に、ゼキトは振り返らなかった。
戸の外に置かれていた火鉢を、下の二本の腕で持ち上げる。上の手には長剣を残したまま、赤い炭ごと、天井から下がる干し布へ投げつけた。
炭が布に絡み、火が走った。
ゼキトが鉄の引き戸の向こうへ消えた。
*
乾いた布が、頭上で燃え広がっていく。
横木から垂れた火のついた布が、西の小さな戸を覆った。モネサが手を伸ばしかけ、熱に顔を背けた。落ちてきた炭が手の甲へ当たり、彼女は短く叫んだ。
「熱っ!! 西は駄目、北を開けておくれ!!」
外の警備兵が格子の下へ鉄棒を差し込み、持ち上げようとしていた。内側の留め金がきしむだけで、隙間は広がらない。
ゲルモンが台の二包みを抱えた。水路図の革筒も紐へ通し、身体へ寄せる。
南では、頭目が炎の下を抜けようとしていた。エミーラが剣を合わせ、北へ通さない。空いた下の左手で魔法を放たれ、彼女は横へずれた。床の炭が飛び散り、頭上の燃えた布が頭目の肩へ落ちた。
革袋に火が移った。
頭目は下の手で袋を引き離し、床へ投げた。口が開き、帳面が散る。彼は拾おうとしたが、エミーラの剣が来て、長剣を両手で受けるしかなかった。
マルシカの手が、アキスの背へ触れた。
「アキス、止まらないで! 私も行く、行くから……北へ!」
彼女は手近に転がってきた一枚を拾い、上着へ押し当てた。端の火を消す間も歩き、アキスの右側へ肩を入れる。
「スミナ、代わる! アキスは支えたから、手を離して!」
スミナは床を見ていた。開いた帳面の上を、火の粉が横切った。
「留景」
焦げ始めた頁が、彼女の目の前に浮かんだ。
もう一枚。頭目が足で踏み、めくれた裏側が見えたところを写す。スミナは後ろへ歩き続けていた。マルシカに支えられ、アキスは柱に手をついた。
像の端が揺れた。
スミナが炭を防いでいた小さな壁も、消えた。マルシカは自分の上着の端を持ち上げ、彼女の頭へ落ちてくる火の粉を払った。
ゲルモンが二包みを抱えて柱の後ろへ入った。モネサとカフリがルーシャをその隣へ座らせ、最後の職人が床を這ってくる。
エミーラは全員が北へ退いたのを確かめ、長剣を下げた。
白い服の左肩は、赤く濡れていた。




